- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784791773954
作品紹介・あらすじ
横溝正史はなぜ金田一を“結婚させなかった”のか?
戦後の転換期、すなわち敗戦から民主化へと向かう新旧の制度や慣習が入り交じった時期に書かれた、横溝正史の代表作にして、探偵小説の金字塔『犬神家の一族』。犬神家の複雑かつ血みどろの人間模様を紙上で規定していたのは「戸籍」であった――。精緻な読解と検証を通じて、日本社会に根強く残る「血」や「家」の秩序と価値観を炙り出す、血に塗れた「紙の上の家族」の日本史。
感想・レビュー・書評
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犬神家をベースに日本の戸籍制度の変遷について学べる一冊。横溝・角川・市川崑監督シリーズを楽しんできたものとしては手に取らずにいられなかった。2章目までが読み進め辛かったのは著者が「映画では犬神家の複雑な家族関係がわからない」と色々と説明を試みるが、76年の映画では全く問題なく血縁関係などわかったのでまどろっこしかったためだろう。犬神家の事件の設定と日本の戸籍制度の変革が絶妙なタイミングであることは面白い。76年の映画でその複雑な部分、特に青沼菊乃・静馬親子に関する部分は改変されてしまっているが。また犬神家よりも横溝正史自身の家族関係の方が事実なだけに興味を惹かれた。戸籍から読み解ける男尊女卑、家族内の序列・差別、日本の家制度のありようについて考えさせてくれる一冊。
著者がこの経歴で非正規雇用という事で日本の大学事情についても考えてしまった。 -
横溝正史ブーム時代に少年期を過ごしたので『犬神家の一族』には思い入れがある。朝日新聞の書評で紹介されていたので手に入れてみた。
読んで分かったのは日本の戸籍制度についてまったく無知だったこと。今も残る「戸籍」についてもなんの感慨もなかった。パスポートを取得する時に必要、くらいの認識。
しかしこの戸籍の存在とその根本にある思想が、天皇制や身分差別と繋がり、現在も解決されない夫婦別姓や同性婚などの弊害となっているのだ。
犬神家の人々の関係性を通して嫡子、諸子、養子などの定義(旧民法と新民法で定義が異なったりする)が説明される。
横溝正史がなぜドロドロした家族の関係を書き続けたのかにも言及。
何回作品を観たり原作を読んだりしてもすべての関係性を理解できなかったのだが、本書でやっと理解できた気がする。
しかしウチの親も、近親相姦やら男色やらが混在する横溝正史ドラマを小学生が観るのをよく許していたもんだ。
こう書いていて思い出したが父親だったかに「犬神佐兵衛と神主(育ての親)はホモ関係(どう表現したかは忘れたけど)なの?」と質問した気がする。
嫌な子供だな。 -
"戸籍"を切り口に、日本社会の在りようを分析してきた著者が今回取り上げたのは、あの「犬神家の一族」。
角川映画の『犬神家の一族』公開と、横溝正史作品の続々たる文庫化による空前のブームを、ほぼ同時代で経験していたので、どのような内容なのか興味を惹かれて手に取った。
犬神家当主、犬神佐兵衛。実に懐かしい名前だし、この名前を聞いただけで、一代の成り上がり者のイメージが浮かぶ。観てから読んだか、読んでから観たかはもう定かでないが、他のミステリーはほぼ細かな筋立ては忘れてしまったのに、こと犬神家に関しては、かなり詳細に登場人物や内容を覚えている。
だから本書を読みながら、「ああ、そうだった」、「そういうことだったのか」とスンナリ入っていけた。
敗戦後、日本社会が大きな変化の真っ只中にあった時代が本作の舞台となる。"一族"というだけに、親族・相続制度がどのように組み立てられていたのか、また戸籍制度において、具体的にどのような取扱いがなされていたか、について様々な角度から論じられる。
旧民法の「家」制度の法令上の仕組みについて詳しくは知らなかったので、孤児や棄児の無戸籍の場合の処理方法、家長の地位と家督相続、一夫一婦制における妾の存在、婚外子の戸籍表示、婿養子縁組と入夫婚姻の違い、戦争が戸籍に及ぼした影響等々について、犬神家を巡る具体的な続柄、人間関係を素材にして、多くの学びを得ることができた。
新憲法の下、不当な不利益が生じないよう、逐次、戸籍の記載方法にも配慮がなされてきているが、選択的夫婦別姓制度に根強い反対があるように、家族の一体性を保証するものは何なのだろうか、戸籍はどういう意義を持つのだろうか、そんなことを考えた。
また、横溝作品には複雑な家族関係の中で事件が起こる作品が多いが、横溝正史の義理の親子・兄弟姉妹の複雑な家族関係が、もしかすると何か反映しているのかもしれない。
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想定以上に楽しめた。
30年前に『磯野家の謎』が出て大ヒットしたが、犬神家の謎も相当に奥深い。
著者は、『戸籍と無戸籍』でサントリー学芸賞も受賞している専門家。
てっきり『犬神家の一族』は話のツマかとっかかり程度で、本題は日本の戸籍制度の解説だろうと考えていたら、最初から最後までどっぷり"犬神ワールド"全開で、要所要所で日本の婚姻・養子制度の解説が的確に入るという、謎解きの面白さと近代日本人にとって"家"とは何かが学べるという、ほんとお得な一冊。
最終的に日本人にとって、どれほど「血」より「家」が大切か、しかも意外なほど融通無碍かがよくわかる。
なぜ犬神佐兵衛は80歳になってもなお隠居もせず家長の座を守り通したのか、なぜ斜陽産業化し、戦後の財閥解体も進んでいるのに、犬神製糸は生き残ったのかなど、『犬神家の謎』らしい疑問に答えつつ、なぜ映像版が原作にある物語の時代設定を、1947年から2年もさかのぼらせたかも明らかにしていて面白い。
単なる周辺の落ち穂拾い的なエピソードとしてではなく、物語の核心に触れる、実にもっとも理由が隠されていて、大いに感心させられた。
それにしても、こんなに精緻で奥深い物語だとは思わなかった。
男の身勝手に翻弄され、当人たちも知らぬ間に、複雑な血縁のもつれによって、運命を狂わされる人たち(主に女性が多い)という構図は、横溝作品に共通して見られるものだけど、奇妙奇天烈な遺言、戦争と直後の混乱、戸籍制度の改変など、いろいろな要素が複雑に絡み合っていて、解説されるまで気づかなかった点が多い。
あらためて読んでも凄いなぁと感心するが、さらに驚きなのは本書が終戦後間もない1949年の作品であること、横溝正史本人の自信作は他にあることなど興味が尽きない。
中川右介の『江戸川乱歩と横溝正史』には、この当時の制作秘話が載っている。
1)探偵小説専門誌ではなく大衆誌の連載だった。
2)予告で「血も凍る恐怖の世界と、ギラギラするような美しさと同時に、推理の糸の面白さを描きつくしたい」と宣言。
3)単純な遺産相続の物語ではなく、複雑な内容の遺言と、複雑な家族関係を考えだした。
4)連載が始まり、第二回を書くまでは犯人を誰にするかは決めていなかった。
5)タイトルを知った乱歩からは、「ぼく犬神だの蛇神だの大嫌いだ」と言われた。
マニア向けではない大衆誌に発表した横溝は、読者を退屈させないようハラハラ・ドキドキの山場を設けるなどの通俗さを持たせながら、乱歩さえも唸らせるような本格探偵小説をも目指していた。
例えば、その後の惨劇のキッカケとなった理不尽な遺産相続の遺言書も、佐兵衛からすれば、ある人物の安全を保障する、用意周到・深謀遠慮に満ちた老練さが隠されていて、なるほどなぁと妙に感心してしまった。
戸籍の続柄は、家督相続の順位を明示するもので、1976年までは公開制であったため、戸籍は身元調査にも利用できた。
同じ婚外子でも庶子と私生子でどのように異なるか、それらがこの物語とどのように関係しているかなど、読者は徐々に日本の"家"制度そのものに関心が寄せられていく。
気になったのは、金田一の推理や見解に対して、現代の価値観から評価を加えているところ。
蛇足だし、もし深掘りしたいなら、乱歩と横溝の少年愛趣味の方で、二人揃って旅先で少年を追いかけていた事実を深掘りしたらいい。
それと最後に、『犬神家の一族』がいまも変わらず読者を魅了し続けている理由として、名家でもない成り上がりの新興財閥を舞台に、血縁の因果に振り回される様を描いているからとしているが、むしろ血より家で、大奥で世継ぎを誰が産むかの主導権争いが好まれるのと同じ構造で、本書も複雑な遺言を成立させるために、登場する男は婿養子で立場が弱く、三姉妹はすべて婚外子で、続柄による序列もない不安定な家族を案出したのが功を奏しているのだろう。 -
タメになってしまった。
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何度も映像化された横溝正史の名作を、「家系」という観点で
読み解く作品である。
本書を読む前に原作を読んでおさらいしようと思ったのに、
我が家の本棚には見つからなかった。金田一耕助シリーズは
絶対に読んでいるはずなのに。
仕方がなないので映像作品(石坂浩二版)を観たのだが、本書で
も言及されている通り、原作と映像作品とでは相違点が結構ある
のよね。原作、どこ行った?リサイクル書店で買い直して読むか。
天涯孤独で氏素性も判明しなかった犬神佐兵衛が一代で築いた
犬神財閥。生涯正妻を娶らなかった佐兵衛には、各々母の違う
娘三人がいた。
佐兵衛の死後、弁護士によって公開された遺言書がいくつもの惨劇
を引き起こすことになる。おどろおどろしい惨殺場面は、映像作品
で観ると衝撃的であった。
佐兵衛が起こした犬神家は旧家ではない。だから、佐兵衛以前の
家系を遡ることは出来ないが、本書は作品の登場人物それぞれが
戸籍上ではどのような扱いになるのか。現民法・明治民法と
照らし合わせて解説している。
戸籍の専門家の手になる書なので難しいかな?と思ったが、そんな
ことはない。分かりやすい言葉で書かれているので、民法に明るく
なくなくても十分に読める。
もう複雑怪奇としか言えないのよ、犬神家の戸籍は。それに匹敵
するくらい、横溝正史の家系も複雑なのね。これは面白かった。
戸籍のみならず、作品の舞台となった年代の時代背景や日本各地
に残る犬神伝説にも言及されており、興味深く読んだ。
犬神家の悲劇の元凶はすべて佐兵衛にありってことで理解した。
理解した上で、やっぱり再読したいなぁ。
尚、私はジャニタレによる金田一耕助は嫌いである。金田一さん、
そんなイケメンじゃないんですけど。あ、それを言ったら、石坂浩二
もか。でも、石坂版の坂口良子は可愛いんだよな。 -
『犬神家の一族』を戸籍という観点から精緻に考察する。改めて犬神家の複雑な血縁関係が浮かび上がる。単に重箱の隅を突くように作品の法的矛盾を論う作品ではない。おすすめ。
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本書は昨秋(2021年10月)に刊行されたものだが、僕が手に取ったのは今年の夏。同氏の著作は「戸籍と無戸籍──日本人の輪郭」を読んでおり、同様のテーマ(戸籍を題材として日本の家制度の根底にあるものを炙り出す)の本書を読むかどうか迷ったが、折しも「犬神家の一族」でヒロインを演じた女優・島田陽子夭折が報じられたばかりでもあり、子供の頃テレビの再放送で見た同映画が急に懐かしく思えて購入。
前掲書が、主に日本のイエ制度の起源を天皇を「家長」とし臣民を「家の一員」とする擬制された「一家」に求めるという趣旨だったのに対し、本書はもう少し柔らかく、映画の登場人物を題材に婚外子や妾、棄児などといった非典型的な属性が、戸籍制度上どのように扱われてきたかを論じる。そこかしこで披露される蘊蓄がなかなかに面白く、また深く考えさられる。個人的には中国や韓国における血縁や戸籍の扱いが、つい最近まで日本のそれと大きく異なっていた点などが興味深かったが、なんと言っても衝撃的だったのは原作者・横溝正史自身の放埒な父親が生み出した複雑極まりない家系図である。あの偏執的なまでの家系図に対する執着が、自身にルーツをもつものだとはついぞ知らなかった。
非常に読みやすい本であり、映画や原作に通じていなくても十分楽しめる。普段、意識することの少ない「戸籍」に思いを巡らすための契機としておすすめ。