- Amazon.co.jp ・本 (354ページ)
- / ISBN・EAN: 9784794206008
感想・レビュー・書評
-
戦中日記を並行して読もうシリーズ第二弾。第一弾の高見順「敗戦日記」の続きとしてお読みください。
大佛次郎(48)、鎌倉市内在住。既に「鞍馬天狗」などで押しも押されぬ大作家。昨年9月より突然日記をつけ始めている。作家として、のちの公開を視野に入れたものだと思われるが、真意は不明。
2月3日
高見順 快晴。節分。八幡宮の鳩は参拝の人から豆をたくさんもらって食傷顔。
吉沢久子 雪の翌日は本当によく晴れる。「今日は爆撃日和ですね」。ソ連が中立条約を破棄したとの情報。
←神田の物流を扱っている会社の事務員である吉沢久子には比較的情報が集まるようだ。
大佛次郎 ←鎌倉ではお店で酒とビールが普通に出て、マグロを刺身で食べているようだ。東京の食糧事情とだいぶ違う。
2月7日
高見順 赤坂の国民酒場。10人1組で金を徴収払い協同で飲む仕組み。つまみは持参。銀座4丁目「正美」は客が一杯、「うしほ」にいたミサちゃんが1人で大童(おおわらわ)の活動。ビール一本と乾物の小皿で40円。雪が降り出す。小橋の「たちばな」でおでん小料理。
吉沢久子 「夕食を食べながら戦局の話を綱正さん(夫の弟、毎日新聞記者)から聞く。ソ連の中立破棄も、フィリピンの事情も、新聞を読んでもよくわからない」
大佛次郎 合成酒とビールを炬燵で飲む。宵より雪。
2月8日
高見順 銀座に行き、焼失した店を調べた。22あった。「ブラジル」も焼失。
大佛次郎 赤軍(ソ連軍)ベルリン正面60キロに迫る。
ケストナー(ベルリン) 奇しくもこの日、ケストナーは女性の立ち話を聞いている。
「もう残っているのは日本だけね!」
それ以上は聞き取れなかったが、それでも何を話しているのかはわかった。と、ケストナーは書いている。いざとなったら、政府は輸送機「ギガント」で「疎開」するらしいという噂が数ヶ月前から流れ、人口に膾炙していたらしい。
←もちろん、日本もそんな状態ではないからドイツからの亡命など起きなかった。
2月11日
高見順 前日の空襲は90機。太田だった。マニラで市街戦。ベルリンも市街戦になろうとしている。
2月12日
大佛次郎 新聞記者から情勢を聞いている。「敗戦的風潮が社会の上層部の確信?となりつつある(略)編集局長は酔中の発言なるも、戦争はもう済んでいる、俺たちは戦後の新聞を作りつつあるのだと言ったそう」「政府の宣伝はこういう事態を全部国民の目から隠し、いよいよ本当のことを言えない羽目に陥りつつある。誰がどうしようと考えてもどうにも出来ぬカタストロフの影がある」
←大佛次郎の情勢認識は、出版社幹部からのものである。出版社は国民には嘘の情報を流し、自らは「負ける」と確信していることがよくわかる。そこに近い大佛次郎の認識も同じものである。現代ウクライナも、知識人たちと、爆撃下の庶民たちとは認識が違うのかもしれない。
2月13日
高見順 倉橋くんと浅草見物。
2月14日
ケストナー(ベルリン) 昨日夕方から夜にかけて、ドレスデンに大空襲があった!電話が繋がらない。その上旅行禁止令が出された。両親の安否確認はいつできるだろう。状況は最悪だ。こちらも180キロ離れたところで地下室にこもっている状況だ。全く耐えがたい。
←ケストナーには、全く情報が行っていないと思える。しかし、「内的亡命者」として、ケストナーの半ナチは徹底している。私が思うに、「正しい判断」というのは「情報の過多」ではないのだ。ベトナム戦争の時も、アメリカの政治学者よりも文学者の方が正しい判断をした。ということを、私は加藤周一から教わった。
2月16日
高見順 田村町で前夜鳥鍋で酩酊。朝、大きな空襲警報、千機来襲。次の日も波状攻撃。
2月19日
高見順 対日処理案(枢軸12国)発表。(←ヤルタ会談のこと2.4〜11)
午後、敵機百機。夕方、細雪。
ケストナー(ベルリン)では、3月まで「ヤルタ会談」の「ヤ」の字も出てこない。ひたすら空爆に耐えている。日本とドイツでは、情報統制はレベルが違っていたということなのか。
2月21日
高見順 硫黄島上陸の大本営発表。
毎日は蘇峰の論説「大権発動の急務」東京新聞社説「大号令を待つ」「総武装を即行せよ」
2月22日
高見順 大雪。後に40年ぶりの大雪だったと聞く。
次郎 雪終日降り、一尺二三寸も積もる。鎌倉に稀れのことなり。
2月26日
高見順 大森を歩く。
トルストイ死亡。
2月27日
高見順 日比谷(日比谷劇場の衣笠監督の間諜映画には長い行列)のあと神田橋、辺り一帯焼け野原。目を覆う惨状。銀座の時は見物人がいたが、ここにはそれらしき者は全くみられなかった。「東京は広い。東京の人間は多い」新聞はひとことも書かない「国民を欺かなくてもよろしい。国民を信用しないで、いいのだろうか。あの焼け跡で涙ひとつ見せずに雄々しくけなげに立ち働いている国民を」
大佛次郎 往来の雪かき、車が通れる程度にと防護団からの司令である。お隣の石井さんが来て東京の様子を知らせてくれる。神田から日本橋両国にかけて焼野と化した。
2月28日
高見順 浅草の仲見世は丸焼けだが、映画通りには長い列。人間の逞しさ、生活の逞しさ。秋葉原駅、神田駅の沿線のりょうがわが焼野原。
←大佛次郎も、高見順も、吉沢久子も、空襲後すぐに瓦礫の街を歩いている。危険は感じていない。ウクライナ映像も、どうして市民があんなところを歩いているのか不思議に思うかもしれないが、あれが「生活」だったからなのだろう。
←大佛次郎が1番正確な情報と見通しを持っていた様に思う。しかし、吉沢久子にしても知り合いにジャーナリストがおり、比較的情報を得ていた。彼らは比較的知識層として、単に「お国」に騙されていたわけではない。比較的、あくまでも比較的お国に批判的視点を持っている。しかし、この状態に「無力」という点では、庶民となんら変わりはない。戦争は始まって終えば、行き着くところまで行くのだということをひしひしと感じる。
ちょっとまだ5冊全部読み切るのは時間がかかりそう。ちょっとシリーズはお休みします。 -
非常時にあっても、人は日常を生きる。
-
大仏次郎は久生十蘭の仲人である。フランス留学の先達でもあり、演劇の世界を通じての交流もあった。
お疲れさま。
1月よりも戦時中という感じが強くなってる気がしました。
あさのあつこさんの居住地、えーなんだろう。気になりま...
お疲れさま。
1月よりも戦時中という感じが強くなってる気がしました。
あさのあつこさんの居住地、えーなんだろう。気になります。楽しみにしてます☆
こんばんは。
そうですね。一月くらいから本格的な空襲が始まって、だんだんと身体がそれを知ってゆくという日々なのだと思います...
こんばんは。
そうですね。一月くらいから本格的な空襲が始まって、だんだんと身体がそれを知ってゆくという日々なのだと思います。
書ききれませんでしたが、高見順も吉沢久子も、仲間内で、米軍はどこから上陸するのか?というのが大きな話題になっていました。九州か、静岡か、それとも千葉か?まさかその前に、あれほどの徹底した庶民を標的にした大空襲があるとは、そこまでは思っていなかったようです。想定内のことで、人々の秩序は保つていますが、想定外のことが常に起こるのが戦争なのです。
居住地‥‥えーと、まだ秘密です。