- Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
- / ISBN・EAN: 9784794207845
感想・レビュー・書評
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日系三世が日本へ行くには出稼ぎもあるが、自分のルーツを確かめようという気持ちがある。
ブラジルの貧富の格差は、シエラレオネに次いで世界で二番目に大きい。ブラジルでは1980年から90年までの10年を失われた10年と呼んでいる。
経済混乱と農業危機に直面する。
農家は聖さんのことだけを考えて、あとは農協に任せればいい、という日本的なやり方は移民の国ブラジルでは通用しない。
今やブラジル人400万人が国外へ移民している。欧米、日本が主な出稼ぎ先。
サンパウロ大学は日本の東大のような大学だが学生3万人のうち4分の1は日系人。
日本人は本当は融和性にすぐれた民族なのではないか。
群馬県大泉町はブラジル村と呼ばれている。家電と自動車部品の下請け工場が多く、慢性的な人手不足に悩まされていた。
日本人は日系ブラジル人に冷たいらしい。残念な話だ。 -
日本に来ている日系3世がモデルとして頑張っているという記事を読んだ。本書の出版が1997年なので,10年以上たって,デカセギの現場も変質しつつあるのだ。僕がブラジルに行きたいのは,幸せに暮らしたいからで,排他的な日本で差別的な扱いを受けた日系人が,「暮らすならブラジル」というのは,至極当然だと思う。ただ,デカセギが日系人コロニアを破壊しているというのはまったく盲点だった。奄美にもデカセギに来てくれれば良いのにと思うが,地元の人でも仕事がないからなぁ。。。アイデンティティの問題はリアルでセンシティブだが,問題が拗れるのはネーションステートと結び付けられるからではなかろうか?そもそも近代的アイデンティティなんてものは,国家によって植えつけられたものなのかもしれないけれども。私を中心として同心円的で重層的なアイデンティティの構築というのは語義矛盾?あるときは日本人であるときはブラジル人,そんなのはロールの使い分けに過ぎない?アイデンティティを軽く柔軟なものにすることで,クライシスは避けられるような気がするのだが,それは自分が重いアイデンティティを深く刻み込まれたことがないからだろうか。確かに僕は,常にここではないどこかを求めているように思う。これもまたアイデンティティの病,か。