脳は空より広いか―「私」という現象を考える

  • 草思社
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794215451

感想・レビュー・書評

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  • 『脳を通って私が生まれるとき 』という本でエーデルマンのTNGS理論(神経細胞群選択説(Theory of Neuronal Group Selection))が著者の論旨の核として援用されていた。物理的な脳神経系だけに意識の起源を置きながら、複雑系や再入力という概念を通して意識が説明されていた(ように思った)。どうやら重要そうな理論であるので、理論を提唱したエーデルマン自身の本を手に取ってみた。

    著者は、弱冠43歳のときにノーベル医学生理学賞を受賞している。その後、意識の問題に着目し、1998年のダイナミック・コア仮説などを提唱してきた。
    本書は、専門的な内容を一般の読者にもわかるようにまとめた、と書かれている。確かに各章は短く簡潔であり、よく整理されて説明されている。ただ、対象が難問の「意識」の話なので、それなりに難しい。

    さて、「意識」とは何だろう。本書でも紹介されているが、意識についての研究で有名なウィリアム・ジェームズにちなんで「意識のジェームズ的性質」というものがあるらしい。
    ・意識は個人のうちにのみ生じる
    ・意識は常に変化しながらも、連続している
    ・意識は志向性をもつ(通常、「~について」の意識であるということ)
    ・意識は対象のすべての面に向けられるわけではない
    意識がなぜこういった性質を持っているのかをエーデルマンは検討を重ねる。

    TNGS理論のベースには、意識に対応する脳の理論は進化や発生の原理に基づいたものでなくてはならない、という考えがある。そのことを端的に表すものとして、その理論は別称として、「神経ダーウィニズム」とも呼ばれている。そこには脳神経系における進化論の適用という概念が見られる。そこには、「発生選択」「経験選択」「再入力」という原理が存在するという。それらこそが意識の多様性と広がりを保証するものとなる。

    TNGS理論の第一原理は発生選択(Developmental selection)であり、発生の過程で、脳の微細構造にいろいろな回路からなる広いレパートリーが構成される、というものである。
    第二原理は、経験選択(Experimental selection)で、機能的神経回路の第二次レパートリーは、既存の神経構造の土台の上に、シナプス効率の選択的な増強と減弱によって形成される、というものである。

    TNGS理論によれば、記憶とは特定の心的あるいは身体的活動をくり返したり、抑制したりする能力であり、神経回路のシナプス効率の変化から生じるものであるという。エーデルマンによると意識の役割とは「行動プランを立てること」と「リハーサルをすること」だという。その役割が生存に有利に働いたおかげで、意識は進化の過程で神経系の特質として保存され、その機能を先鋭化させてきたといえる。

    エーデルマンの理論の中心に、ダイナミック・コアとよぶ脳内の視床体-皮質系の構成要素と再入力の概念がある。エーデルマンによると「主に視床-皮質系の内部で、再入力によってダイナミックに変動しながら相互作用する機能クラスタ」と定義される。このダイナミック・コアの動きが意識の特性である単一性と統一をもたらすものなのである。


    本書では、意識の因果関係についても論じられている。意識が単なる随伴現象でしかないのかという問いはリベットの実験以降、意識を考える際には常に問われるべき問いである。「意識はそれ自体、何らかの結果を引き起こす原因となるのか」という問いである。これに対してエーデルマンは、意識をダイナミック・コアから「クオリア」への「現象変換」と捉えて、意識はコア・プロセスに必ず伴うものの、身体活動その他を因果的に引き起こすことはないと論じる。行動プランを立てたり、リハーサルをしたりすることでコア・プロセスは進化上有利になるために発達したが、その効果を体験するために必然的に現象変換されて意識が生まれてきたのだという。これは個体自身に感知されると有益であるだけでなく、それをヒトとヒトの間で交流させる上でも有利であったという。だからこそ本来は確信することはできない他人の意識についてもコミュニケーションの前提として含めることができるようになるのだ。

    人間だけが持つ(限定的には類人猿も有しているとされるが)高次の意識について、エーデルマンは動物にも「原意識」はあるとする。しかし、過去や未来という概念を有することや意識している自分を意識することを可能とする高次の意識は原意識と何らかの違いがあるのではという問いに対して、TNGS理論においては「意味能力」がそれを分けることになるという。もちろん「意味能力」は言語能力とも密接にかかわる。

    また、大きな前提として、意識は局在論でも全体論でもなく「大局論」になる。意識理論は物理法則から少しも外れてはならない。意識状態の特徴 (P.145)として、先に述べた「意識のジェームズ的性質」とも整合する次のようなリストを挙げる。
    【全体的な特徴】
    1. ひとまとまり(単一)に統合されており、脳によって構成される。
    2. 膨大な多様性をもち、次々と変化する。
    3. 時間軸にそって順々に推移する。
    4. さまざまな感覚属性の「結びつけ」を反映する。
    5. 「ゲシュタルト現象」「充填現象」「閉合現象」など、構成的な性質を備えている。
    【「情報としての意識」に関連した特徴】
    1. 広範囲の内容に志向性を示す。
    2. 連合性をもち、広範囲に感知できる。
    3. 中心と辺縁がある。
    4. 焦点的に集中した状態からゆるやかで拡散した状態まで、注意による調節を受ける。
    【「主観としての意識」に関連した特徴】
    1. 主観的感覚・クオリア・現象性・気分・快と不快を反映する。
    2. 状況性(自分がどのような状況や位置にあるのか)に絶えず関与している。
    3. 自分にとって慣れた状態かそうでないかの感情のもとになる。

    こういった特徴を生み出すのが、再入力という機能を備えた複雑系であるダイナミック・コアなのである。

    それではTNGS理論において、主観性はどのように扱われるべきなのだろうか。大前提として、意識は物理法則に従うものであるとするものの、エーデルマンは主観性の問題を外すわけにはいかないという。

    「人間の意識を生み出す脳の営みについてとりわけ興味深いのは、何が何でも統一された一貫性のある絵を描きたいという脳の”こだわり”である」という。そして、「この宇宙の少なくとも一つの惑星で、C’という状態を発言する再入力性のダイナミック・コアが進化の過程で現れた。それによって価値というものが現実世界にその居場所を保証された。実のところ、因果関係から言えばこの逆も真である。淘汰選択を重ねる脳内で価値系が働くからこそ、「私という現象」の基礎も生まれてくるのである」(P.167)


    本書で何度も繰り返される、意識は神経系という物理から外れたものであってはならないことと、進化の過程で選択されてきたものであること、は大原則であるということは大いに賛同する。どの方向は意識の特権をはぎ取る方向であるようにも見える。意識の探究はこの方向にあるのだろうか。

    「意識」という問題に興味があるのであれば、読まれるべき本だと思う。

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    『脳を通って私が生まれるとき』(兼本浩祐)のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4535984476

  • 題名からしてロマンチック。
    全く知識がなかった私でさえも楽しめた一冊。

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