- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784800910295
作品紹介・あらすじ
戦後思想とか戦後教育の問題は、すべて占領軍の目を気にしたおびえのような自虐意識から生まれてきています。その原点をきちんと実証的に解明して、「それは誤解である」ということを世界に向かっても日本人に向かっても明らかにして「日本を取り戻し」たいというのが、私が本書を書いた一つの目的です。
感想・レビュー・書評
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要は、WGIPなんだが。
米国というか西洋文明は、日本の文化を理解できなかった。
特異な、何つか、トイレトレーニングまで持ち出して、神道と一時的な軍国主義を結びつけて、精神的武装解除が必要だと結論づけた。
ひでえ話だが、日本も潔いというから、多分負けたから、言うこときかなあかん的な発想があったんだろうと思う。
この本の他の本と違うのは、後半、そうやって、日本文化を否定した後に何が起こってどうすべきかという、提言まで書かれていることだ。
全てそこに原因を求めて良いのかどうかは一歩引くべきなのだろうが、言うてはることはむっちゃ分かる。
絆をほだす、と読み、それは手足を縛るしがらみで、それを超えることが絆だって、もうそれだけで読んで価値があった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
"現在の日本文化、文明の基礎となってきた戦後直後の様々な政策をGHQ主導のもと行われてきた。戦前の教育を否定して戦争をした罪の意識を植え付けるような施策が行われた。
現在抱える子の育成に関わる諸問題を深く考察する、良書。
親が子の育成にきちんと関わることが希薄になってきていることの弊害。
新聞をはじめとする報道機関の歴史的事実ではないことを、あたかも事実として報道し、訂正もしていない現実。日本自身が周辺諸国との軋轢をあおっているということをどれほどの人が認識しているのか?
これらは、敗戦間際のGHQ戦略によるものであることが、浮き彫りになる。
本書は、子育て、学校教育、男女共同参画などに関心がある人にも、是非読んでいただきたい。
こういうものの見方もあるのかという新たな視点を与えてくれる。" -
すべての日本人に読んでもらいたい本。
戦後どのようにして日本人らしさが失われていったのか、その原因を明らかにするとともに、これからどのようにして日本人らしさを取り戻していったら良いのかを気の遠くなるほど膨大な量の調査分析結果から導いてくれている。
らしさを取り戻す鍵は、やはり教育。
家庭教育、学校教育、社会教育。3つの段階での教育に対する姿勢を改めることがらしさを取り戻す事に直結していく。 -
史実についての内容だけかと思いきや、後半は戦後の育児、教育観に発展?結局著者はどこに力点を置きたかったのか?読後感が微妙。
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戦後日本の自虐史観はGHQの占領政策によるものである事を裏付けた本です。
一部メディアはいまだにGHQの策略にはまっていることがわかります。
ただ、後半の教育に関する部分は懐古主義的に感じたので役に立たないと思います。 -
ウォーギルトインフォメーションプログラム、義眼。自分にはなかった新しい視点だった。日本が好きだからこそ、自分の意思を表す行動を小さいことから取っていきたい。まずは、投票からだな。
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ウォー・ギルト・プログラム、いわゆる「義眼」をはめられたまま戦後生きている日本人。義眼も長く付けてれは、本物と勘違いするという事でしょう。前半(一章〜三章)まではホウホウ!と近代史をまともに学ばなかった人間としては勉強になったけど、四章以降の「教育論(今の日本の子供たち)」についてはいささか疑問が残ったかな。総じて戦後史や日本人を形成している要素を掴むのに面白い本。
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筆者は教育者であり、また占領時研究をライフワークとされている方なので内容は、概ね教育関連の政策がGHQにより形成された経緯と、その後の日本人の変化(弱体化)また現在抱える問題についてである。
アメリカの戦前における日本人論は多くの誤謬をはらんでおり、GHQの政策決定者に最も影響を与えた、ルースベネディクトの”菊と刀”においても4歳の男児が母親を支配するなどの偏向した記述が多く見られる。誤った日本人観、または有色人種への偏見がGHQの政策に色濃く影響したのは事実であろう。
GHQの四大指令では、教員の思想調査が行われ、神道・修身・歴史・地理が学校教育から排除された。”新教育指針”では天皇及び愛国心につながる言葉が排除され、英雄の物語まで禁じられた。文部省の担当者は1/3言われたように書き、1/3話し合ったことを書き、残りは自分の考えだと述べたそうである。
不幸なことは、このGHQの誤謬を含んだ物の見方・考え方を、当の日本人が当たり前に持ち始めたことである。著者は”義眼”と評しているが、まさに自分以外の何者かの目で物を見てきたわけである。新聞が始めはびくびくと顔色を伺いながら記事を書いたのが、偏向を偏向とも思わなくなっていったのであろう。
GHQは日本の弱体化を目論んでいたので、理解がずれていたのは幸運だったと言えなくもないが、認識がずれたままのテレビ・新聞等、今是正されなければならない。為に、戦前の精神に立ち返るのは非常に大切なことだと思われる。軍国主義というのも単に時代の要請であっただけのことである。今のまさにGHQにより破壊つくされた家庭・教育環境で育った子供や大人には公共心も恥もない。今一度、戦争中に日本が守りたかったものに思いを馳せてみることから始めたいと思った。 -
ウォー・ギルド・インフォメーション・プ ログラムに拠って、敗戦以降の教育は、愛国と軍国を混同させられたとある。
国家を歌うことが軍国を想起させるとするならば、違う歌を歌えばいい。
それでは、独自に松陰居士が唱えた愛国が左様であったか解釈してみるのである。
かくすれば かくなるものと しりながら(ロゴス) やむにやまれぬ(エトス) やまとだましい(パトス) これが軍国であるならば、すべからく軍国であろう。
哲学は平和の為にこそ在る。 -
占領期に、「古き良き日本」はGHQが参考にしたトンデモ本の影響で、捨てさせられた。その影響で、不登校等の教育問題が発生した。というのが、骨子かと。
対日政策というか、日本への認識が、米国務省と現場のGHQで違っていたのは面白かったです。後半の教育エッセイは、不要でした。
戦後の総括(なぜ開戦したのか、罪ならば、誰に責任が)を行えない国民が、国際社会で偉そうなことを言えるのか、と思うのは、私も「義眼」をはめられているのでしょうか?