鬼の橋 (福音館創作童話シリーズ)

著者 :
  • 福音館書店
3.98
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本棚登録 : 548
感想 : 90
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  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784834015713

作品紹介・あらすじ

この世と地獄を往き来したと伝えられる平安初期の文人、小野篁の少年時代を主人公に、思春期の少年の揺れ動く心情が、勢いある筆づかいで力強く、さわやかに描かれます。「元服」という人生における大きな節目を苦しみながらもこえてゆく篁の姿は、現代に生きる子どもたちにも通じ、多くの読者の共感をよぶでしょう。作者が生まれ育った京都の四季や情景も、作品のなかに巧みに織り込まれ、物語にふくらみと陰影を与えています。

感想・レビュー・書評

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  •  この本、私、好きだなあ。ブク友さんのレビューを見て、ブックオフで購入した時、「また、こんな嵩張る単行本を買ってしまった」と思ったけれど、表紙を開けた所の扉に印刷された「鬼の橋」という字、太田大八氏によるツユクサの挿絵、本文の用紙の色(クリーム色)、字の大きさ、フォント、印刷の濃さ、所々の挿絵、全てモノクロで地味だけど、好きだ。紙面の上下左右の余白も広く、ゆったりした気持ちで読める。この本の対象年齢である中学生くらいの時に出会っていたとしても、この地味な魅力に気付かなかっただろうけど。内容の魅力にも気付かなかったかも。
     平安時代、貴族の息子であり、そろそろ元服を控えた小野篁(たかむら)。悲しく、虚ろな気持ちで五条橋を渡る。その向こうの廃寺にどうしても行きたかったから。
     篁には、比右子という仲のよい異母妹がいた。ある日、「行っては行けない」と大人達から厳しく言われている五条橋の向こうの荒れ寺へ比右子を誘い、乗り気でない比右子と隠れ鬼を始めた。篁が鬼で比右子が隠れる番であったとき、どこを探しても比右子は見つからなかった。後日、その廃寺の井戸から比右子の死体が見つかる。「鬼に食べられたのだ」と大人達は言った。
     「自分のせいでかわいい妹を死なせてしまった」という気持ちを十代初めに背負ってその後の人生を思うのはどれ程辛いだろう。篁はどうしても比右子の落ちた井戸を確かめたくて、その廃寺へ行き、井戸を覗いた。と、暗い所に落ちて行った。そこには橋があった。「どうして、こんな所に生きた人間がいるんだ。美味そうだな。」と言う声がする。そこには鬼がいた。その橋はこの世とあの世を繋ぐ橋で、生きている者は決して向こう側へ渡れないという。「渡ってしまいたい。」と篁は思ったが、「こんな所で何をしている?」と言う声が。それは三年前にこの世を去った征夷大将軍、坂上田村麻呂だった。田村麻呂は葬られるとき、「死後も都を守れ」と立ったまま葬られたので、死後もあの世への橋を渡ることが出来ず、冥界で鬼たちから都を守っている。田村麻呂に「ここはお前のくる所ではない。帰れ。」と言われ、篁は再び地上へ。
     命が助かっても、傷心で虚ろな日々を過ごす篁だが、気になる存在があった。それは五条橋の下で暮らす、乞食のように汚い少女、阿子那(あこな)だった。孤児で、父親が五条橋の工事の携わったが工事中の事故で亡くなったことを知り、「お父さんの作った大切な橋」と言って、橋の下で逞しく暮らしている。亡くなった比右子と同じくらいの歳だったので気になったのだ。
     ある日、大雨で大切な五条橋が流されそうになっているとき、大人に頼み込んでも誰も手を貸してくれなかった中、一人の鬼、非天丸が一晩中、濁流の中で橋桁を支え、五条橋を守ってくれた。これを機に阿子那と非天丸との友情が芽生え、親子のように仲良く支えあって暮らす。篁は「非天丸は鬼だから絶対、阿子那を食べる気だ」と疑い、阿子那を守るためにチョクチョク様子を見に行く。しかし、改心して人間として真面目に暮らそうとする非天丸の姿と健気に非天丸を信じて、父親のように大事にする阿子那の姿を見て、やがて二人のことが、篁の心の支えになる。
     大人達は亡くなった異母妹比右子のことはもう忘れろと言う。特に母親にとっては、父親の妾の子であったので「比右子はあなたをたぶらかす鬼だったのよ。」などとそれこそ鬼のような事を言う。
     誰も分かってくれない心の内。比右子のいるあの世への橋は渡りたくても渡れない。一方現実の世界では五条橋の下で肩を寄せ合って暮らす阿子那と非天丸が篁の話を聞き、慰めてくれる。篁の心の橋桁を支えてくれるのだ。
     ある日、悪い鬼の仕業で篁の目の前で橋に放火され、それを阿子那と篁の罪にされる。篁はある手段で自分たちの身の潔白を証明し、非天丸は橋を守ろうとして、全身火傷を負うが助かる。
     阿子那たちとこんな出来事があり、篁もだんだん大人になっていく。父親が陸奥守になることが決まり、東北へ行くことになった。父親は身体の弱い母親と篁は京都に置いて、単身赴任するつもりでいたが、一人空を見上げる父親の姿を見て、大人の父親でも一人孤独と戦い、仕事と家族のためにいつも必死で頑張ってるんだということを悟る。そして、元服し、父親について陸奥に行き、自分も父親の右腕になる決心をする。そして、父親も比右子のことは決して忘れていなかったことを知る。
     阿子那と非天丸に別れを告げに行った。非天丸は新しく建設される五条大橋の工事で怪力を活かして働いていた。阿子那も元気に炊き出しなどの手伝いをしていた。

     生きている者は渡っては行けない、あの世への橋。今は渡れないけれど、いつか渡った時には、逢いたい人に逢えるのだと思うと心の支えになる。
    一方、現実の世界で五条橋を必死で守っている阿子那と非天丸のような「心の橋桁」の存在。私にとっては、仕事でヘマやって落ち込んでいる時でも、関係ないですが、趣味の世界では「いいね」をいつも下さるブク友さん達が、今は「心の橋桁」です。
     

    • 淳水堂さん
      Macomi55さん こんにちは
      この本いいですよねえ。
      (わたしはMacomi55さんとは別の版で登録していました)
      人が鬼になり、...
      Macomi55さん こんにちは
      この本いいですよねえ。
      (わたしはMacomi55さんとは別の版で登録していました)
      人が鬼になり、鬼が人になる。複雑な心を抱えていた少年が一歩大人になる。
      太田大八さんの絵の素晴らしさは、まさにMacomi55さんが書いているとおりです。

      伊藤遊・太田大八さんコンビの児童書では「えんの松原」も良いですよ〜(^o^)
      2021/06/03
    • Macomi55さん
      淳水堂さん、コメント有難うございました。
      私は「橋」に注目して、感想を書きましたが、「鬼」ということでも、淳水堂さんのおっしゃるとおり、「人...
      淳水堂さん、コメント有難うございました。
      私は「橋」に注目して、感想を書きましたが、「鬼」ということでも、淳水堂さんのおっしゃるとおり、「人が鬼になり、鬼が人になる」という見方が出来る、文学的に深い作品ですね。ヤングアダルト?向きだと思って侮れないですね。伊藤遊さんのファンになってしまいました。太田大八さんの絵、ああいう素朴で誠実な絵が良いと思えるようになりました。
      「えんの松原」も読んでみます。有難うございました。
      2021/06/03
  • 平安京を舞台に、実在した小野篁の少年時代を描いたファンタジー、なのですが、他の方のレビューにもあるように児童文学にしてしまうのはもったいない、とてもすてきな物語です。

    自分のせいで異母妹を亡くしてしまった篁と
    死してなおこの世の守りとして三途の川を渡れない坂上田村麻呂、
    五条大橋に住む少女と片方の角を折られた非天丸。
    それぞれの心の通わせ方がぎこちなくも切実で、悩んで苦しんで変わっていき、生きてゆく姿が丁寧に描かれています。

    いろんなところに隠れた名作というものは在るのだなぁ。

    • nejidonさん
      tiaraさん、こんにちは♪
      お読みいただいてありがとうございますって、お礼を言うのも変ですが嬉しいです!
      隠れた名作、まさしくそうです...
      tiaraさん、こんにちは♪
      お読みいただいてありがとうございますって、お礼を言うのも変ですが嬉しいです!
      隠れた名作、まさしくそうですね。
      この表紙とタイトルからは想像もつかない面白さで。
      登場人物たちの、一生懸命なのに拙くぎこちないところには、
      思わず応援したくなってしまう私でした。

      大人だってじゅうぶん楽しめるのに、児童文学という枠のために損してますよね。
      色々読んでいるつもりでも、全然そうではない自分に気が付いた、そんな一冊でした。


      2014/02/12
    • tiaraさん
      nejidonさん
      こちらこそ素敵な作品と出会うきっかけをありがとうございました!
      ほんとにじわじわ心に残るお話でした。
      読みたい気持...
      nejidonさん
      こちらこそ素敵な作品と出会うきっかけをありがとうございました!
      ほんとにじわじわ心に残るお話でした。
      読みたい気持ちにさせてくれたレビュー、素晴らしかったです。
      本との出会いも、素敵なレビューとの出会いも一期一会ですね。
      読んでよかったです。

      2014/02/12
  • いつか読むぞ!…と思っていたのですが、ブクログ仲間さんのすてきなレビューをきっかけに、ようやく読みました。

    平安時代の京都。
    物語の主人公は12歳の小野篁です。
    篁といえば、閻魔大王の補佐をしていた…など、冥界との縁が深いという逸話が残されている人物。
    本書も篁にまつわる言い伝えを下敷きにした物語です。

    印象的なのは、平安時代の都の様子がありありと描かれていること。
    篁は貴族の息子なので、大きな屋敷に住み、身のまわりのものには何不自由ない生活をしています。
    その一方で、普通の市民たちは飢えや疫病に苦しめられ、鴨川はその末に命を落とした人々の亡き骸が浮かんでいます。
    当時の身分のちがいや、庶民の暮らしの過酷さをしっかりと描いているからこそ、どっしりとした安定感のある物語なのだなぁと感じました。

    身分のちがう人間同士や異世界の住人との絆が強く強く結ばれるまでを丁寧に描いていて、読者の胸をあたたかくさせてくれます。
    自分のせいで異母妹を死なせてしまったという苦しみと悲しみでささくれ立っていた篁の心が、鬼や少女との交流を通して快復し、さらにたくましくなっていく様子に励まされました。

    • nejidonさん
      すずめさん、こんにちは♪
      お読みいただいてありがとうございます。
      私がお礼を言うのも変なのですが、やはり嬉しいです!
      読んでみないと分...
      すずめさん、こんにちは♪
      お読みいただいてありがとうございます。
      私がお礼を言うのも変なのですが、やはり嬉しいです!
      読んでみないと分からない良い作品というのは、まだまだあるものなんですよねぇ。
      この一冊もそうでした。
      節分の頃にあわせて「鬼がいっぱい」というテーマのブックトークをしたのですが、こちらも紹介しましたよ。
      すずめさんが書かれている様に、都の様子がありありと描かれているというところ、そうそう、そこも話せば良かったわ(笑)
      2014/02/17
  • 異母妹を亡くした篁。
    家族と死に別れて父が工事にたずさわった五条橋に住む少女、阿子那。
    角を片方もぎ取られた鬼、非天丸。
    それぞれがぽっかりと穴が空いた気持ちを抱えている。それを埋めるものはなんだろう。

    今の時代と違ってこの時代はあの世も現実、この世も現実。この世の河原にもしゃれこうべが転がる。鬼がふと現れても不思議でない時代。
    それにしても三途の川にかかる橋を守る坂上田村麻呂がせつない。
    勇ましく篁を導いてくれる存在なだけに。

    前章での出来事が次々と交わって、これがここで!という展開に。
    爽快なラスト。
    導入の蝉の声が煩い真夏、どんよりじめっとした雨、栗の秋、河原に冷たい風の吹く冬と京の季節の移り変わりと共に篁の気持ちも変化していく。
    もう少ししたらチビちゃんに読んでほしい一冊。

  • 書店で見かけ、帯に書かれた「小野篁の少年時代の物語」というフレーズが気になって手に取った。少し読んで、すごく先を知りたい気持ちになっている自分に気づいたため、買った。

    カテゴリを設定するにあたって、どこに分類すべきか迷った。冒険?青春?ファンタジー?…素直な感想を言うと、多少、純文学に近い児童文学なのではないかと思う。鬼とか冥界とか死者などが登場するが、それはあくまで主人公の篁の気持ちの葛藤をより良く読者に伝えるためのツールに過ぎないというか、決してそのファンタジーの要素がこの本の核ではない。更に言えば、この物語の本質は生と死と成長だ。本来は疲れるテーマであって、私もあまり手を出さない。だけど、それが、取っつきやすい隠れ蓑を持っていたがために気がついた時には読み進めるしかないところまで来ていた。

    当時の都や人々の様子が断片的に記され、芥川龍之介の『羅生門』のような、死が日常に紛れて当たり前のように子どもの身近に転がっている状況が伝わってくる。そんな中、篁は、死んだ妹の喪失感を埋められずふらふらと「世界」を彷徨する。それはおそらく自分自身の内面をも彷徨しているのだろう。

    篁の良き友人となる、孤児の阿子那と鬼の非天丸のキャラクターも良い。篁自身の成長物語とは別に、阿子那と非天丸の絆ができるまでのドラマを並行して楽しむことができる。人間になりたくて苦しむ非天丸と、喰われる可能性を知りながら非天丸のそばを離れない阿子那。それはもう、児童文学とかファンタジーとかそういう範疇を抜けて、普遍的に人間が求めてやまない「絆」の物語と言えよう。

    面白かった、のだけれど、個人的な欲を言えば、せっかく出会った3人の、3人揃っての冒険がもっと欲しかった。この魅力的な登場人物達を、もっといきいきと動き回らせて欲しかった。作品自体への不満ではなく、そういうバージョンも読みたい、という読者としての欲である。どうしても、古代や中世を舞台にした児童文学は重くてかたい雰囲気になりがちなので、その世界観は維持しつつも、そこに、楽しくて明るくてワクワクする要素も加えることができたら無敵なんじゃないかと思う。

  • よい物語は眠りを妨げる。寝る前に読み終えたのだが、感動が大きくて心がざわめいて寝つけなかった。かれこれ8年ほど前に偶然手に入った本なのに随分読まずにいたものだ。なかなか今の日本の児童文学作家の作品に手が出ないのだ。もともと翻訳ものが好きだというのもあるが。

    出会えてよかったと思える作品がまたひとつ増えた。主人公の少年、その父と母、少女、鬼、死者、どの登場人物にも深く共感できた。

    太田大八の挿絵が限りなく想像力をかきたててくれた。子どもの本のすばらしい点。この絵なくしてこの作品はあり得ないと言いたくなるほどのすばらしさ。

  • これはとても良い本を読みました!お薦めしてくださった方、ありがとうございます。
    どうでもいいのだけれど、使われているフォントがとても流麗で好きです。
    小野篁の幼少期のお話です。橋は五条橋と冥界の橋、二つを意味します。
    片方の角をなくして、知恵と情けを手に入れた鬼非天丸と、親を亡くした浮浪者の少女阿子那の心のふれあいが温かい。かつては人を苦しませ生きたまま喰った鬼が、こうも変わるものか。胸を打たれます。
    小野篁の心の成長も素晴らしいですね。腹違いの妹に意地悪しちゃう篁。そしてそれを自分のせいで失い、失意に沈む姿も悲しい。
    河原にごろごろ屍が転がる様子が、その当時の真実を嫌でも見せてきますね。
    とてもいいファンタジーを読みました。
    児童向けなので細かいところはわかりやすく読みやすく、時代の違いによって読みづらいところは上手く書き直されています。必ずしもその時代に合わせて書く必要はないんだな。勉強になりました。心配りが尊い。この作者さんの他の本も読みたいです。

  • (追われた鬼たちは、どこへ行くのだろうか)
    この世とあの世の境い目にいたはずの極悪非道な鬼が、角を一本折られてこの世に紛れ込んできた。
    はじめての感情に戸惑う様子や、阿子那を大事に思う様子など、とても魅力的な鬼の姿が大好きになった。
    五条大橋や六道珍皇寺もまた改めて訪ねたいと思う。

  • これはイイ!
    文章も世界観もとても好き
    きょうだいのことでずっと後悔している篁が、守るべき存在を新たに見つけて、自身の成長につながるのがなんとも自然でいい。
    非天丸、私のお気に入り。

  • 汐月しゅうさんが!
    ご推薦していたので!
    借りてきました!
    小学校高学年でこれは、なかなか渋いご趣味で。
    少年ならではの格好つけたい気持ちと実際の自分の無力さの狭間で揺れる篁がいじらしい。

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著者プロフィール

伊藤遊 伊藤遊(いとうゆう)1959年生まれ。京都市出身。立命館大学文学部史学科卒。著作に『鬼の橋』(産経児童出版文化賞推薦)、『えんの松原』(日本児童文学者協会新人賞、産経児童出版文化賞)『ユウキ』(日本児童文学者協会賞、以上福音館書店刊)、『つくも神』『きつね、きつね、きつねがとおる』(第17回日本絵本賞)『狛犬の佐助 迷子の巻』(第62回小学館児童出版文化賞、以上ポプラ社刊)がある。札幌市在住。

「2014年 『えんの松原』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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