勇者のクズ 1 (ボーダーコミックス)

著者 : ナカシマ723 ロケット商会

• リイド社 (2022年4月22日発売)

作品紹介・あらすじ

「勇者なんて、最低のクズがやる商売だ。」『魔王』化したマフィアとそれを狩る『勇者』を描く現代異能アクション！

感想・レビュー・書評

[東和瞬／翻訳者さんの感想 · 2022年5月13日]

プロとアマと、現実と理想の、曖昧な世界を戦う勇者未満。

まずはじめに断っておきますが、本作の特徴／あらすじなどについては三巻まで出ている同人／自費出版版の方で語らせていただきました。
よって少なくともここ商業版一巻のレビューの方での語りは少々と割り切らせていただきます。

小説家「ロケット商会」先生のデビュー作でもある本作は、カクヨムでの連載を経てからレーベル「カドカワBOOKS」での商業書籍化に至りました。小説としては一巻で刊行は終了したものの、そののち作者サイドが主導となりコミカライズでの作品展開に至ったという、特異な経緯を辿っています。

コンテンツの命脈を繋ぐ原動力となったのが版元ではなく創作側であり、一ファンでもある漫画家「ナカシマ723（‐なつみ）」先生の尽力というのもかなり珍しいケースなのではないでしょうか。
インディーズでの自費出版でありながら質、量ともに出版社がバックについている場合と遜色のないクオリティを実現し、五〇〇〇部を越える売り上げを記録されたのは偉業かと存じます。

また、出版に要した資金をどこから調達したかの話題についても世間に大いに注目されたわけですが、それも別の記事で語られていましょうか。
とは言え、本書の実在が証明していることですが流通媒体を商業ベースに切り替えて、連載継続に安定性が出たのなら一ファンとしては嬉しい限り、引き続き応援のし甲斐があるという物です。

さて、本書ですが、同人版と比べ描き下ろし短編エピソードが10Pほど追加されています。
（必須ではない）おまけが微量削られていますが、本編に関しては見たところ修正はありません。
あらためてこのコンテンツに入っていこうという新規層なら買い、既に同人版を購入済みの方はお好みで、といった風ですね。

描き下ろしの内容は過去を切り取った一幕といった風情です。
主人公の修業時代、主人公の師匠の人となり、あと『勇者のクズ』の世界観を下支えする剣と魔法のファンタジーの世界の源流への言及など、なかなかに外せないエピソードであると私は思います。

あと日本ではあまり見られない左開き形式を引き続きしっかり採用されているのも嬉しいところです。
作品の舞台は日本ですが、荒くれたちが肩付き合わせてカードゲームにいそしむ裏路地の隠れ家的雰囲気、それと根底に流れるファンタジー世界へのリスペクトを語る上でこの演出は見逃せませんから。

そんなわけで、ギャング／マフィアと、それに抗うグレーラインに位置するヒットマンの抗争の構図に「魔王」と「勇者」というRPGおなじみの対立項のガワをかぶせた本作ですが……。
絵柄や技法としては日本のマンガの王道を歩みつつ、ちょっとカリカチュアやデフォルメも施し、美少女と戦手練れを両立させています。地に足の着いた空間と戦闘の描写の巧みさがウリと言えましょう。

人殺しに疲れた男の挽歌と、なんだか曖昧な境目でがんばる小娘たちが両立する本作は、結果として画面作りも相まって無国籍風に仕上がっています。
ハードボイルドな剣戟と流血が幅を利かせつつも、殺伐の中になごみを忘れない本作が私は好きです。

というわけで。大本である小説に関してはカクヨムでの無料掲載はもちろんのこと。
掲載媒体としてはすっかり定着したリアルタイムでのネット連載（最新話無料方式）に、新たなる掲載サイトを加えました。試し読みするための導線はしっかり整備されているのが本作です。

ここはひとつ新たなるファンの層を加えて、大区切りとなる第一部まで商業という媒体で駆け抜けていただければなと思う私でした。
あ、それと余談です。元より限りなく玄人でありながらプロとアマチュアの境目が曖昧な中を歩んできた本作の経緯と、作品の世界観を照らし合わせてみればそれ自体がメークドラマだと気付けると思います。