- Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
- / ISBN・EAN: 9784865720068
感想・レビュー・書評
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通常はなるべく簡素な感想を心掛けているのだが、この書に関してはそんなこと言ってはいられない。述べるか、全く述べぬか、どちらかだ。しかしこの戦慄をどう伝えようか。戸惑いながら見切り発車の感想文を。
1937年の南京大虐殺を軸に現在の日本に筆者は鋭くメスを入れる。いや、誰よりも己に刃を向け激しく怒涛の如く苦悶し叫んでいる、この人は。自分に問いかける、なぜ目を背けてしまったと、なぜ問わなかったと、己の恥を晒す。南京大虐殺は確かにあった。あったことをなかったことにしようとする日本の歴史は、国家の差し金だけではなく我々国民の意志からも派生する。幾つもの文学作品の引用が差し込まれる。武田泰淳の『汝の母を!』は衝撃だった。泰淳は経験してしまった。その事実を隠し通すことができなかった。書かずにはいられなかった。しかし、世間はこの小説をなきものとして扱った。このような記憶の抹殺があっていいものだろうか。筆者の友人が筆者に語った言葉が突き刺さる。「きみはおかしいとおもわないか。おかしいとおもわないなら、しかたがない。ぼくはとてもおかしいとおもう」。恥部を無化しては被害者意識だけは旺盛に加害者としての責任をないものとする。記憶の無記憶化。その場しのぎにはなるかもしれない。だがそのツケは確実に溜まり気づけば八方塞がりの今だ。その窮地に気づく気配すら乏しい私達の日常。ほんとうは戦時下の日常。変な雑音に惑わされずに、個の心で辺見の声を聞いてほしい。この人は泥沼から這い出ようと誰よりも必死に、己の苦辱を曝け出すことも厭わない。肝を据えて読んでほしい。無痛を装った恥部の傷口は広がるだろう。密封していた光景を呼び覚ますかもしれない。でもそれを認識せずに未来はない。間違いなく今年のベスト。詳細をみるコメント0件をすべて表示