ポール・セローの大地中海旅行 (気球の本)

  • エヌティティ出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (713ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784871886512

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  • 若きアメリカの作家セローは身重な新婚の夫人を伴い、ジブラルタルのヘラクレスの柱から地中海に乗り出します。そして1年3ヶ月の旅行。イタリアの対岸、アドリア海を隔てた動乱以前の夢のようなのユーゴと悪夢のようなアルバニア。アイロニックなセローの記録は豪華なエーゲ海ツアーからは決して生まれる事のない旅行記の傑作。村上春樹が聴いた太鼓の音はこのセローが奏でたものに違いない。春樹はその後「辺境・近境」でセローを超える風の声を聴かせてくれましたが。

  •  ポールセルーの本は絶版本が多い。この本もAmazonで買えないようだ。日本ではマイナーな作家だし仕方ないのかもしれない。
     セルーは漠然と地中海沿岸を一周するとだけ目的を決め、旅に出る。ジブラルタルの「ヘラクレスの柱」から出発し、対岸セウタの「ヘラクレスの柱」まで大回りするというものだ。途中、彼は行き当たりばったりに住民とコミュニケーションを図ったり、旧跡を尋ねたり、その地に住む作家を訪れたりする。
     セルーの旅行記の特徴といっていいと思うが、風景や人々の描写はあまり力が入らない。彼はそういうものを第三者視点からではなく、たった今自分と会話している人々というように必ず筆者視点で綴る。
    恐らくはそれが原因となって、前半は全然つまらなかった。スペイン、フランスのお決まりの観光地はセルーに何も訴え掛けてはこず、従って私たちにもただ詰まらない印象しかもたらさない。偏屈な作家の愚痴のオンパレードである。
     それが徐々に変化するのは9章、カルロレーヴィ縁の地アリアーノを訪れるところからだ。エピソードにセルーと時間を共に過ごす人々のキャラクターが入って来て、セルーの心が揺さぶられ始める。それは緩やかなカルチャーショックのようなものであり、彼をして旅に出る前の彼とは違う人物にするものだ。アリアーノの村カルロレーヴィの描いた人々、クロアチアの戦争とそこに生活する人々、豪華客船の愉快な道連れ、トルコのフェリーで出会った奇妙なトリオ、アラブ人作家ナギーブマフフーズ(我が町内の子供たち)、パレスチナ人作家エミールハビビ、シリアのゲイたち、ロードス島の予感。

     以前、カレルチャペックの旅行記を読んでこんなに面白い旅行記があるかと思ったが、そこには共通の理由があるのではなかろうか。北欧の自然、人々がカレルチャペックに感銘を与え、その心に旅の前には識りえなかった洞察を許した。地中海はセルーを揺り動かし、彼にまた一つ旅の記憶を刻み付けた。
     こういう本を読むと、少しどこかに行きたくなる。

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