ゴーシュの肖像

著者 :
  • 書肆山田
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  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784879955364

作品紹介・あらすじ

詩人・辻征夫のまなざしが、しなやかに人に添う。あたたかく。やわらかく。さまざまの方角から。それは言葉となって、収束し、ここに影をむすぶ。ちいさく…たしかに…心の扉をたたくエッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • 辻征夫の名を知ったのは詩ではなかった。『僕たちの(爼のような)拳銃』という鮮烈な少年小説(といった言葉があるなら)を、別の本を探していた図書館の書棚で見つけ、なにげなしに手にとり、ぱらぱらと頁を繰りながら、いつの間にか夢中になってしまっていた。児童文学というものが好きではない。大人になら面と向かっては言わないだろうことを躊躇うこともなく書いてしまうような弛緩したところがあるものが多いからだ。

    辻のそれは、ちがっていた。対象が大人であれ、子どもであれ、読めば分かる。子どもだから純粋な世界が現出した訳ではない。純な心を持った人間がいて、たまたま子ども時代を舞台にした小説を書いた。そんな印象であった。作者は詩人として知られているらしいが、現代詩にうとい所為で、今まで知らなかった。どんな詩を書くのかと思い詩集を探して読んでみたが、詩の方は小説ほどこちらの胸に響いては来なかった。

    『ゴーシュの肖像』は、辻が、いろいろな機会に発表した短文を集めたもので、詩や俳句について軽いスタイルで語っているものが多い。文は人なりなどという古い文章観は持っていないが、一読後、飾らぬ人柄が滲み出てくるといった感じが残るのはどうしようもない。大言壮語を嫌い、自分の持ち味というものをよく知っている人の姿が紙背から浮かび上がってくるのだ。

    詩人になろうと決めたきっかけが、学生時代に教師が切ったガリ版刷りの自作教材に載っていた幾篇かの詩であったという。詩との出会いは、誰も似たようなものなのだろうか。高校時代の教科書にあった四人の詩人の詩を思い出した。中原中也の『北の海』、萩原朔太郎の『青樹の梢をあふぎて』、西脇順三郎の『雨』、三好達治の『甃の上』だった。どれも不思議に心に残った。詩を書いてみたいと思ったのは、確かにこれがきっかけだった。

    しかし、そこからがちがう。辻は、本当に詩人になろうと思い、ついになってしまう。自分でも言っているように、詩で飯は食えない。それでも詩人になろうというのはただごとではない。しかも書きたい詩は時代状況(60年安保)には無関係の抒情詩ときている。周囲からの批判や無理解にもめげず、よく初志貫徹できたものだという感心が先に立つ。

    現代詩が隘路にはまって身動きがとれない状態であるというようなことが言われて久しい。この国の所謂「現代詩」なるものの持つ不思議な性格、つまり韻を踏むでもなくシラブルを数えるでもない、誰かが「行分け散文」と揶揄した口語自由詩の在り方は、一見自由なようでいて却って自己の存在規定を曖昧にしている。そのため、特に戦後は俳句や短歌的な部分を切り捨てることで自己のアイデンティティーを確立してきた。

    しかし、それも今となっては昔語り。すでに詩と短歌、俳句の垣根はずいぶん低いものとなり、それらを往還する人たちも増えた。作者も貨物船という俳号を持ち、句会を開いたりしている。どう見ても素人っぽい俳句が並ぶあたりがご愛敬だが、当人はかなり本気らしい。詩を書くことが仕事であるのが詩人なら、詩人にとっての詩作は楽しいことばかりではないだろう。「歳時記」をもっとよく知るためといいながら、いい気分転換になっていたのかも知れない。二年前に訃報を聞いた時、それほどよく知っていた人ではないのに心の中に風が吹いたような気がしたのが忘れられない。

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著者プロフィール

1939~2000。詩人。


「2015年 『混声合唱とピアノのための 未確認飛行物体』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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