セレンディピティ──言語と愚行── (モロソフィア叢書)

  • 而立書房
2.00
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感想 : 1
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  • Amazon.co.jp ・本 (136ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784880593425

作品紹介・あらすじ

コロンブスの誤解が新大陸到達のきっかけになったように、ヨーロッパの思想史では"瓢箪から駒"が幾度も飛び出してきた。ウンベルト・エコはこういう事象を記号論の立場から明解に分析している。

感想・レビュー・書評

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  •  ウンベルト・エーコは多くの本を出しているが、主著から派生した著作がすくなくない。いわば二番煎じ本である。

     二番煎じとはいっても、エーコの場合はそれなりの存在理由がある。まず主著では使わなかった材料を用いて主著とは違った視点を打ちだしている場合があること。

     第二にエーコは若い頃にトマス・アクィナスを研究しただけに大全コンプレックスとでもいうべき網羅癖があり、特に主著にあたる本にはあれもこれも詰めこみすぎる傾向があるが、二番煎じ本ではエーコ自身によって要点が絞りこまれ、見通しがいいこと。

     第三に日本の特殊事情だが、エーコの主要著作の邦訳は大手版元から出ているためにすぐに絶版になってしまう。『開かれた作品』、『記号論』、『物語における読者』、『完全言語の探求』、『カントとカモノハシ』、『前日島』はエーコを語る上ではずすことのできない重要な本だが、いずれも絶版ないし増刷の予定のない長期品切である。一方、二番煎じ本は小回りのきく小出版社から出ているためか、現在でもほとんどが書店で買えること。

     本書であるが、ウソから出たマコトを集めた第一章は別として、第二章以降は『完全言語の探求』(平凡社、絶版)の二番煎じである。

     第二章「楽園の諸言語」は起源の言語をさがす試みについてで、バベルの塔以前の人類は何語を話していたか、神は何語でアダムに話しかけたかが真剣に問われた時代の話である。

     旧約聖書がヘブライ語で書かれている以上、失われたアダムの言語は原ヘブライ語と考えるしかないが、起源の言語の探求がラテン語に対する俗語の優位という思想を生みだしたという指摘はおもしろい。

     第三章「マルコ・ポーロからライプニッツへ」は文字の話で、ライプニッツの考えた普遍表記法や普遍文字としての漢字がとりあげられている。

     第四章「アウストラル国の言語」は人工的に作った理想言語を論じているが、『完全言語の探求』ではふれていなかったガブリエル・フワニのユートピア小説『既知の国アウストラル』を例にしている点は注目したい。

     第五章「ジョゼフ・ド・メートルの言語学」では『完全言語の探求』では題名が言及されたにすぎない『サンクト・ペテルブルクの夜』に考察がくわえられている。

     『完全言語の探求』が入手できない現在、本書の存在は貴重だが、谷口訳はあまり読みやすいとは言えない。たとえばこんな具合だ。

     問題への一つの解決策は、マリーア・コルティが提案している。今日までに一般に認められているのは、ダンテを聖トマス・アクイナスの思想の正統な踏襲者としてだけ見なすわけにはいかないということである。状況次第で、ダンテはさまざまな哲学的・神学的典拠を活用した。
     さらに、彼がシジェ・ド・ブラバンを主たる代表者とするいわゆる過激アリストテレス主義のさまざまな流派に影響されたこともよく突き止められている。過激アリストテレス主義のもう一人の重要人物はダキアのボエティウスであって、彼はシジェと同じく、1277年にパリ大司教から破門された。ボエティウスはいわゆる様態論者なる文法家グループの一員だったし、論文『表意様態論』を著したのだが、これは――コルティによると――ダンテに影響をおよぼしたらしい。

     原文を確認したわけではないが、この条は『完全言語の探求』の第三章の使い回しらしい。上村忠男・廣石正和訳の相当箇所を引用しよう。

     マリア・コルティは、この問題にたいするひとつの解決法を提案している。ダンテを理解するにはたんにトマス主義の正統な継承者と見なしていてはだめだというのは、いまや異論の余地のないところである。ダンテは、時と場合によって、哲学や神学のさまざまな源泉を参考にしている。そして、ブラバンのシゲルを最大の代表者とする急進的アリストテレス主義のさまざまな潮流に影響されていたのは、うたがいない。ことに、急進的アリストテレス主義の面々のなかには、様態論者と呼ばれる文法学者たちの最大の代表者のひとりであるダキアのボエティウスもいた(この人物は、シゲルとともに、一二七七年にパリ司教が発布した非難宣告の対象となっている)。このダキアのボエティウスの『表意様態について』からダンテは影響をうけていた可能性があるというのである。

     「シジェ・ド・ブラバン」と「ブラバンのシゲル」はフランス語読みかラテン語読みかの違いである。原文が Siger de Brabant になっているのか、 Sygerius de Brabantia になっているのかはわからないが、大した問題ではないだろう。

     問題は谷口訳ではシジェ/シゲルとダキアのボエティウスが破門されたことになっていることだ。調べてみたが、破門はされていないようである。破門と非難宣告は大変な違いなのだが。

     精力的にエーコを翻訳してくれる谷口氏と而立書房の功績は多としたいが、訳文は日本語としてこなれているとは言いにくいし、全体に乱暴な印象があるのは残念である。それでもないよりはあった方がいいのは言うまでもない。

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著者プロフィール

1932-2016 小説『薔薇の名前』『プラハの墓地』(東京創元社)他。エッセイ『歴史が後ずさりするとき』(岩波書店)、『敵を作るIncontro – Encounter – Rencontre』等。著書多数。
ストレーガ賞(イタリア)受賞。レジオンドヌール勲章(フランス)受章。アメリカ芸術・文学アカデミー名誉会員。名誉博士号(35以上)授与さる。

「2019年 『現代「液状化社会」を俯瞰する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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