人類の起源論争: アクア説はなぜ異端なのか

  • どうぶつ社
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  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784886223111

作品紹介・あらすじ

「私たちの祖先は、ある時期、半水生生活を送っていた。そして、その生活こそが、二足歩行や無毛性といった、人間特有の特徴を生んだのだ-。」そう主張するE・モーガンのアクア説は、近年、世界各国の科学者たちの真剣な注目を集めるようになってきている。本書は、これまでの25年間、アクア説に対する評価がどのように変化してきたかを振り返り、さらには最新情報をもふんだんに盛り込んで、ここに、さらに説得力ある議論を展開。E・モーガンの真骨頂が発揮される。

感想・レビュー・書評

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  • 著者は文学出身ながら、よくぞここまで集めたと思わせる情報をまとめあげて、初期の人類進化の大きなビジョンを提示している。最後のヒヒ抗体、アファール三角地帯、ラミダス猿人の3つを組み合わせて大胆な仮説を提示している部分は、あくまで推論とは言え、圧巻であった。むしろ、構成力を要求される作家ならではとさえ思ってしまう。科学のおもしろさを改めて感じた。

    アクア説とは、人類化石が見つかっていない500万年以上前の時代に、私たちの祖先は一時期、半水生生活を送っていたというもの。1942年にマックス・ヴェンシュテンヘーファーが最初に提唱し、アリスター・ハーディも同じ考え方を発表した。時期は800万〜900万年前、場所はヒトの化石の大部分が出土しているアフリカ地溝帯の北の端、期間は数千年あるいは数万年と想定している。

    アウストラロピテクスの前肢は体重を支えていた痕跡はなく、後肢は二足歩行に適応した変形が起きていることから、木から下りた後も四足歩行の段階はなく、すぐに二足歩行を始めたと考えられる。二足歩行が長距離を走るのに有利になる特徴を持ったのはホモ属になってからで、アウストラロピテクスの段階ではない。ボノボは、雨期になると水浸しになる森林地帯に生息しており、自ら進んで水の中に入って食べられる昆虫や根を探したり、小魚をつかまえたりしており、二足歩行は浅瀬を渡るために生まれたという説に信憑性を与える。

    無毛の哺乳類のほとんどが水生生活を送っている。かつて呼ばれた厚皮動物は、皮膚が厚く、無毛で皮下脂肪層を備えており、泳ぎがうまい。水中では毛皮よりも皮下脂肪層の方が断熱の点で優れている。ブタも泳ぐことができ、イノシシの毛は一度失われた後に再び獲得したもの。水生哺乳類のうち有毛なのは体が小さく、皮下脂肪で体温を維持するためには厚くなり過ぎるためと考えられる。水生動物の皮下脂肪の量は、水面近くで餌をとる種で多く、深く潜って餌をとる種では少ない。ヒトは同サイズの哺乳類に比べて10倍の脂肪細胞を持つ。

    無毛と発汗については、発汗のために無毛になったのではなく、無毛だったから発汗が必要になったと筆者は考える。樹上生活を送っていた時代に、水に浸かった環境に変化したため、体毛と喘いで体温を下げる能力を失った。その後、開けた平原で暮らすようになったため、汗をかく必要が生まれた。

    ヒトと同じように喉頭が喉の奥に後退している種は、ジュゴン、セイウチ、アシカだけで確認されている。泳いだり、息継ぎをしながら潜水する動物にとっては、口呼吸をして大量の空気を取り込む方が有利。セイウチのほか、水に潜る鳥も口呼吸をする。喉頭を後退させれば、口腔を広げてとりこむ空気の量を増やすことができたと筆者は推測する。

    言葉を話すためには、意識的に呼吸ができ、吐く息を調節する能力が必要。類人猿が単語を理解できたり、手話を使うことができても話すことができないのは、肋骨を広げたり狭めたりする筋肉や横隔膜を上げ下げする筋肉を意識的に動かすことができないため。ヒト以外で意識的に肺を動かすことができるのは、水生の鳥、水生の爬虫類、水生の哺乳類だけ。

    クジラ、イルカ、ビーバーなどの多くの水生種がヒトと同様に対面セックスを行う。ただし、オランウータンとボノボでも確認されている。処女膜は水生の哺乳類が持つが、真猿類や類人猿にはない。女性の月経周期は月の満ち欠けと同じ29日半だが、この生体リズムは魚やカエルの一部、海の生き物にみられる。ヒトの体毛の向きは、背中では側面から背骨へ、胸の上部では上向き、下部では下向きに生えており、泳いだ時にできる水流の向きに一致している。鼻の下の真中にある溝(人中)は、上唇で鼻の穴を塞ぐ時に鼻の中央にある仕切りにぴったり付けることができる。海生哺乳類は血中内の赤血球の数が少なく、ヘモグロビンの濃度が高いが、ヒトは類人猿と比べて赤血球の数が少なく、ヘモグロビンの濃度が高い。脳の組織は、オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸が1対1の割合で必要だが、オメガ3脂肪酸は陸上の食物連鎖にほとんど含まれず、海中の食物連鎖に多い。アフリカ地溝帯沿いの湖の魚に含まれるDHAとアラキドン酸の比率は、ヒトの脳のリン脂質の比率に近い。

    ヒヒだけが持つ内在性ウイルスに他の霊長類が感染すると、抗体として働くレトロウイルスを持つようになるが、ヒトにはその抗体がない。これによると、400万年以上前にヒヒのウイルスによる感染症が猛威をふるった時に、ヒトの祖先はアフリカ大陸にはいなかったことになる。ルーシーが発見されたハダールがあるアファール三角地帯は、紅海、インド洋、アフリカ地溝帯の3つの裂目が集まる。アファール低地にあるアラミスからは、ラミダス猿人(アルディピテクス属、直立二足歩行を行う)の化石も発見された。著者は、アファール三角地帯の地殻変動によって大陸から切り離された一群が水生生活をはじめ、アフリカ大陸に戻った後に地溝帯沿いの湖や川に沿って南に移り住んだという仮説を提示している。アファール盆地の海側にあるダナキル地塁は、更新世後期に島として孤立したことがあるらしい。

    本書で展開されているのは多くが推論だが、どの状況証拠も十分に説得力があると思う。ヒトが無毛になったのは大きな謎とされているが、厚い皮下脂肪があることと合わせて、水生生活への適応と考えれば解決する。二足歩行についても、サバンナに降りるためと考えるよりも、二足歩行をせざるを得なかった環境に直面したと考える方が無理がない。言葉を話すためには意識的に息を吐くことができることが必要であるとか、それができるのは水生の動物だけであること、泳ぐためには口呼吸が有利であるという指摘、さらには、ヒトの体毛の向きが泳いだ時にできる水流の向きに一致していることは、かつて水生生活を送っていた痕跡であるとしか思えなくなってくる。

    もっと早く読めばよかった。著者の別の本「人は海辺で進化した」を初めて見たときは、「馬鹿な」と思っただけで、関心さえ持たなかった。言い訳をすれば、魚が脚を発達させて陸に上がったのと同じような説と思いこんでしまったからだ。何事も先入観を持ってはならないという教訓を改めて得た。

  • 1 過去の仮説、未来の仮説
    2 死者からのメッセージ
    3 二本足で歩く前
    4 歩くためのエネルギー
    5 登場したさまざまな仮説
    6 残された最後の仮説
    7 “裸のサル”が誕生したわけ
    8 “体毛”の意味
    9 人がこんなに太るわけ
    10 汗と涙の物語
    11 言葉と喉頭
    12 “喋る”ということ
    13 さらなる論争への九つの課題
    14 アクア説は異端の説か?

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