司法が凶器に変わるとき

著者 :
  • 同時代社
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  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784886837769

作品紹介・あらすじ

2008年9月21日、千葉県東金市で、5歳の女児が裸の死体となって白昼の路上で発見されるという衝撃的な事件が起きた。犯人として逮捕・起訴されたのは知的障害を持つ21歳の男性。弁護団は唯一の物証である指紋の独自鑑定を行った結果、無実・無罪であるとして、検察側と全面的に争う姿勢を表明する。ところが、主任弁護人が突如辞任、新弁護団は無罪方針を撤回し、事実に関する検察の主張をすべて認めるという姿勢に転じる――。
なぜ彼は犯人になったのか?

「これが裁判か! これで裁判か?
 もう忘れ去られた東金女児殺害事件は、
 48年前の布川事件と同じく、
 今も変わらずに〝作文調書〟で犯人が作られることを教えてくれる。
 この現実を、あなたは許せるだろうか? 見逃すのだろうか?」
 推薦・桜井昌司氏(布川事件の冤罪被害者)

感想・レビュー・書評

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  •  2008年、千葉県東金市の住宅街の路上で、5歳の女の子の全裸死体が発見される。2か月後、近所に住む21歳の、知的障がいのある男K(本書では実名)が逮捕される。彼はやがて犯行を自供するが、彼を犯人とするには、いくつも不自然な点があった。
     まず、Kは被害者の女児を路上で拉致し、自宅へ連れんだとされているが、拉致現場から自宅までの住宅街、330メートルの距離を、昼の12時半頃、足をバタバタさせて抵抗する女児を抱えて歩く男を確かに目撃した者がいない。また、弁護団が実験したところ、体重18キロの被害者を抱えて330メートル歩くのは普通の体力では困難であり、ましてKは平均的な男性よりかなり運動能力劣っていて、非力であった。
     拉致後、Kの自宅でアニメや特撮の話をしていたとのことだが、誘拐された子が、誘拐者と和やかに話しているのが不自然である。そしてその後、バカ呼ばわりされ「暴走モード」(エヴァンゲリオンで覚えた言葉とのこと)に入ったKは、被害者を浴槽に沈め殺害したとされるが、浴室で収集した600本の毛髪の中に、被害者のものは1本もなく、また、Kの自宅から被害者の指紋は検出されていない。
     殺害後女児を裸にし、「としゃぶつをふいた」とKが供述したとのことだが、Kの日常語彙に「吐瀉物」があるとは、大変考えにくい。そして被害者の服や靴をレジ袋に入れ、窓から放り投げたことになっているが、レジ袋は駐車中の車の下の、放り投げただけでは決して行きつかない場所から発見されている。
     更に、そのレジ袋にKの指紋が付着していた件だが、弁護側の鑑定では、指紋はKのものとは一致しなかった。そもそも、濡れた手でレジ袋に触れても指紋はつかない。
     そして、全裸の女児を抱えて、住宅街を100メートル歩き、死体を遺棄したことになっているが、これも確たる目撃者はいない。
     Kが路上で女児に声をかけ、遺体遺棄に至るまでは約40分とされるが、それは不可能ではないか。
     以上のようなことから、弁護人は当初、Kは事件とは無関係だと判断した。だとすれば、Kはなぜ「自供」したのか。取り調べで、供述書を作成する段階で、何らかの操作があったのではないか。Kが知的障がい者であることは、どのように関わっているのか、或いは、どう利用されたのか。この事件の最大の関心事はそこにあった。
     ところが、無実を主張する記者会見まで開いた弁護人は、3が月後、明確な理由を公表せず突如辞任、後任の弁護人は無実を撤回し、訴訟能力や責任能力の欠如を軸に弁護を展開することになる。結局Kは、検察の懲役20年の求刑に対し、懲役15年が言い渡される。
     本書の特筆すべき点は、裁判を傍聴した著者が、法廷でのKの証言を再現しているところである。Kが実際に発した言葉からは、証言の要約ではわからないだろうことが、明確に伝わってくる。著者はKの言葉のたどたどしさを表現するためと但し書きをつけたうえで、Kの発言をひらがなで表記している。これには異論があるかもしれないが、「母親です」と「ははおやです」は、確かに読む際の印象は大きく異なる。ひらがな表記の方が証言の様子を正確に伝えられると著者が判断したのであれば、これでよかった気がする。
     書名からわかるように、著者はこの事件を冤罪と考え、「彼の裁判そのものがもう一つの事件ではなかったか」と述べている。これが本書の主張であるが、Kの証言が曖昧なため、事件の真相は明確にはならない。それでも本書は、知的障がい者の取り調べ、裁判について、重要なことに気づかせてくれるすぐれた書である。同じ事件を扱った「知的障害と裁き」(佐藤幹夫)との併読をおすすめする。

  • 知的障害者が刑事裁判で被告人となっているとき、知的障害に配慮した取り調べ、裁判を行わなくてはならない。知的障害者には単に難しい法律用語が理解できないというだけでなく、誘導尋問に簡単になびいてしまう、尋問されている相手が「喜ぶ」答えをしてしまうなどの特徴がある。知的障害のある被告人本人にとって不利なだけでなく、真犯人(がいれば)を逃してしまうという点でも、障害特性に応じた取り調べ・裁判が行われる必要性を感じる。

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著者プロフィール

ジャーナリスト、ブログ「スギナミジャーナル」主宰。
1965年岡山県生まれ。フリーカメラマンとして中南米、アフリカの紛争地を取材。『山陽新聞』記者を経て現在フリージャーナリスト。「債権回収屋G 野放しの闇金融」で第12回『週刊金曜日』ルポルタージュ大賞優秀賞受賞。2003年、『週刊金曜日』連載の消費者金融武富士の批判記事をめぐり同社から損害賠償請求訴訟を起こされるが、最高裁で勝訴確定。著書に『サラ金・ヤミ金大爆発 亡国の高利貸』『悩める自衛官 自殺者急増の内幕』『自衛隊員が死んでいく 自殺事故〝多発地帯〟からの報告』(いずれも花伝社)『武富士追及 言論弾圧裁判1000日の闘い』(リム出版新社)』『自衛隊という密室 いじめと暴力、腐敗の現場から』(高文研)『自衛隊員が泣いている 壊れゆく〝兵士〟の命と心』(花伝社)『日本を滅ぼす電力腐敗』(新人物文庫)『債鬼は眠らず サラ金崩壊時代の収奪産業レポート』『司法が凶器に変わるとき 「東金女児殺害事件」の謎を追う』(いずれも同時代社)『税金万引きGメン』(若葉文庫)『日本の奨学金はこれでいいのか』(共著、あけび書房)など。

「2018年 『大東建託の内幕』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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