「集団自決」の真実: 沖縄戦・渡嘉敷島 (WAC BUNKO 45)

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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784898315453

感想・レビュー・書評

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  • 非常に重いテーマです。戦争という極限状態にあった人が何を考え、どう行動したかを検証したものです。
    (気分が悪くなる方はこれ以上お読みにならないほうがよろしいかと思います)

    大東亜戦争(太平洋戦争)にて、唯一日本の本土で、米軍と直接戦闘になったエリア、それが沖縄です。
    また、米軍に占領され、1972年に外交努力によって、再び日本の国土となったのが沖縄です。

    その沖縄で起きた「集団自決」について著者は、前書きの結びのことばとして、こう語っています。

    その本を書いた当時、沖縄の島で行われた集団自決は、時と共に風化するだろう、と私は考えていたが、意外なことに少しもそうはならなかった。この事件は、多くの人たちに、多年にわたって多くの普遍的な日本人の精神構造の問題をいくつもつきつけてきたからであろう。

    「集団自決」中心人物であり、日本軍の隊長であった、赤松大尉の遺族が、岩波書店と、大家健三郎氏を訴えた、「集団自決」訴訟と、教科書への掲載問題について、著者が関係者の証言と、それまでに発行された文献をもとに反証しているのが本書になります。

    本書には、目次はついていない、ただ、1から、12までの番号が振られた、セクションが並んでいるだけであり、著書が参考にした文献の一覧が、巻末に掲げられているだけの構成である。

    気になったことばは、以下です。

    ・(赤松隊長とのインタビューで)「真実を書いてください」と彼が言った時、私の中で苦しい叫びのようなものがあった。「真実」とは何なのか。私は物書きとしてそれを捉えることの不可能にいつも直面しているのであった。

    ・そこで、死ぬべかりし若者たち何人かも、久しぶりにここを訪れたようだった。沖縄では、「ここが私の死んだ所です」という人によく会う。

    ・安里喜順氏が言うように、生きて虜囚の辱しめを受けずという気持ちは、その当時のどの日本人にもあったし、いざとなったら、誰もが死ぬのは当たり前とおもっていた。

    ・村長はどうしても「死にきれない住民を殺すから機関銃を貸してくれ」と言ったということになっているのだが、村長は、「村民を殺したいという村長がどこにありますか」と反論している。

    ・玉砕の引き金になっていたのは、米軍の攻撃であり、日本軍の応戦であった。それを村の人々は、友軍の最後の反撃とみたのである。

    ・赤松氏は言った。「しかしどう思い返しても、私がなくなった方をみたのは、ほんの数人なんです。『鉄の暴風』に書かれているように329人もの屍が累々としているという状況はみたことがないんです。」 他に誰も、おびただしい死者を見た人はなかった。

    ・その瞬間のことは誰にもわからないのだという。肝心なところの記憶はすべて失われるのだというそれが、運命のせめてもの労わりというものであろう。

    ・とにかく、自殺した者というのは、そんなにいないですよ。幸い生き残ったおやじとか、何とかが最後に自殺しただけで。つまり誰かが殺してやったということなのだ。

    ・死には自ら順番が決まっていくのだった。弱い老人婦女子を残して死んでいく非人情な者は一人もいなかった。父親や男の若者たちは、自分の手で肉親や身内の者の命を絶ち、その死を自分の目で見届けてから、死んでいく。

    ・生き残った者は最後の死をどう遂げるかという事が重要な課題だった。敵軍への切り込みの道を選んでいたら多く助かったであろうと日がたってから深く、思わしめられたのである。

    ・本当に(軍が)玉砕命令を出していたなら、生き残って再び集った人をそのまま見過ごしはしないでしょうね。命令は命令なのですから、いったん出した命令は遂行しなければならないし、又、そうできる状態にあったと思うんです。

    ・(配られた手りゅう弾に不発が多かったことに)そうとう不発でしたよ、死ねない人は、私たち殺してください。と言ったから、行ってナタ打たれている人もいるし、あんときは気がくるっているから、みんなあれだったんかね。何が何だかもうわからん。早く死んだほうがいい、という気持ちが強いですね。

    ・愛する者を殺して生き残った人々の多くは島に残っていないという。思い出の子過ぎる土地にはいにくいのであろうか。

    ・私が不思議に思うのは、そうして国に殉じるという美しい心で死んだ人たちのことを、何故、戦後になって、あれは命令で強制されたものだ、というような言い方をして、死の清らかさを自ら貶めてしまうのか。私は、そのことが理解できません。

    ・本当の渡嘉敷の悲劇は、太平洋戦争が終わって、出征して南方にいた兵士たち、あるいは、他の理由で島をでていた人たちがかえって来た時に始まったというのである。
     「かえって来てみると、家族がほとんど自決して死んでいたというような人もいるわけですよ。島中一人残らず全滅したというのなら、まだ諦めがつく。しかしなぜ、自分の両親や、妻子だけが真でしまったのか、ということになるでしょう」

    ・軍命令による玉砕を主張することは、年金を得るために必要であり、自然であり、賢明であったといえる。軍が命令を出していないということを隊員があらゆる角度から証言したとなると、遺族の受けられる年金がさしとめられるようなことになるといけない、と思ったからです。我々が口をつぐんでいた理由はたった一つそれだけです。

    ・死が近づくと、それまで、衣服の縫い目に、べっとりととりついた虱がかき消すようにいなくなるのである。その代わりに、まだ生きている死者たちの目、鼻の穴、口唇、耳の穴に蠅がびっちり、卵を産み付けた。それらのもおは、既にウジとしてかえり、あるものはたまごのまま、それらの気管をふさいでいた。

    ・ジャーナリズムと人のうわさは、しばしば、このような点(赤松隊長に愛人がいたという風評をさして)について、「よくできた話」を作り上げることに手をかすものである。

    ・軍隊が地域社会の非戦闘員を守るために存在するという発想は、きわめて戦後的なものである。軍隊は自警団とも、警察とも違う。軍隊は戦うために存在する。彼らはしばしば守りもするが、それは決して、非戦闘員の保護のために守るのではない。彼らは戦力を守るだけであろう。

    ・軍人としての「責任」とは何か。それはたった一つ、命令を守ることである。

    ・戒厳令を敷かない限り、軍は民に命令権を持たなかった。軍は、民に、作戦上必要なことを委託したり、危険が迫った場合指導を与えたりすることはできた。しかし、命令権はなかった。

    ・かりに一人の隊長が自決を命じても、その背後にある心理がなければ、人々は殺されるまで死なないことを、私は肌で感じて知っているように思う。それが人間の本性である。

  •  正直なところ、もともと本書を読み気は全くなかった。曾野綾子さんが軍による命令がなかったことを検証したからといって、人々を集団自殺に追い込んだ当時の精神構造、国家の責任が消えたわけではないからだ。それは一人の軍人の罪を批判して終わる問題ではない。そう思っていたからだ。
    曾野さんは自決命令の存在を否定し、命令を出した赤松隊長の軍人として行動を弁護したが、それによって当時の軍や国家の罪が許されたわけでない。いやむしろ、クリスチャンである曾野さんが「神」とのかかわりでわれわれに投げかける問題の方がもっと深刻かもしれない。ともかく、ぼくが本書を読む気になったのは、その命令説の根拠となった証言をひるがえしたある婦人の娘の手記『母が遺したもの』を読んだこと、田原総一郎が『週刊読書人』で曾野の本を推奨していたからでもある。
    そもそも、集団自決ということばは本来、軍とともに国のために殉じたという尊い行為とみなされていた。軍の命令があったどうかが今問題にされているが、それとても、軍の命令があったからこそ、その人たちは戦後の援護法の対象となったわけで、今さら軍の命令がなかったとなると、先の決定にも影響を及ぼすことになる。(もっともお役所は一旦決めたことを翻したりしないそうだが)
     ぼくも、軍の命令がなくても、あの様な時代、あのような状況下におかれたとき、人々は自らを死に追いやることはあると思う。もちろん、中には死にたくないという人もいるだろう。そのとき、その人たちに死ななくてよい、と言えたらもっといいのだろうが、当時の状況はそういう自由さえも奪う可能性はあった。実際、投降しようとした人たちは軍に殺されている。
     赤松隊長は、もともと特高部隊としてその島に乗り込んできた。だから、かれは本来敵艦に体当たりして死ぬ運命にあった。ところが、それができなくなり、逆に舟をすべて破壊することになる。その結果部隊は今度は島の守備にまわる。もちろん、これとても軍の作戦の一環であり、そこに村の人々をどうするかという視点が欠けていた。曾野さんはいう。赤松隊長は「不運」だったと。ぼくもそう思う。そうして、赤松隊長は日本が降伏するときまで島を「守備」し、上からの降伏命令とともにアメリカに下る。つまり、かれは死ななかったのである。しかし、かれの行動はある意味軍人として当たり前の行動であった。アメリカの捕虜になった島民が降伏を呼びかけてきたとき、かれは島民を切った。これも、戦後かれの罪悪として指弾されるが、軍人としては当然のことであった。では、そこにかれの人間性はなかったか。多くの島民が自決したのに生き残ったことをかれは戦後悔いつづけなかったのか。曾野さんは、そこで人間として感じるものが本来の「責任」だが、それは神のみが裁けるものだという。(残念ながら赤松隊長は軍人として部下のことを思いやる以外島民のことはあまり関心がなかったようだ。)本書が自決命令がなかったことを検証した本とだけ思われないことを祈りたい。

  • 過去に起こった出来事を、残っている文献や生存者の証言を元に検証し書き上げた一冊が本書である。事実確認を怠り、憶測で記事にしている全ての人への強烈な批判にもなっている。いわゆる通説となっていることが、実は事実とはかけ離れたものだった可能性が高いということを、報告しているレポートとしての完成度が高い。
    簡単に真似できることではないが、報告書とはこうあるべきという教科書として読むこともできる。
    8月は第二次世界大戦について、考える月なので、毎年この時期には戦争に関するものを読むことにしている。もっと、早くに読んでおきたかった。

  • 気をつけましょう、というより空恐ろしいことですが。

    もっともらしい小説やそれらしいエッセイで、ときどきは感動を誘って私たちの目の前に、常に顔を出している小説家の曽野綾子は、実は、このようなデマゴギー=戦争に関する歴史的事実を、なかったことにしようと、日本の軍隊・軍国主義はそんなに残忍じゃなかったんですよ、という嘘の証言をしています。

  • [ 内容 ]
    大江健三郎氏の『沖縄ノート』のウソ!
    徹底した現地踏査をもとに、捏造された「惨劇の核心」を明らかにする。

    [ 目次 ]


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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 要は軍隊が横暴で会ったことは否定していない。ただ、あれは仕方なかったというだけである。そういう意味では正直だ。

  • 2009年4月9日

  • 大江某は売国者です。
    日本を貶めるためならなんでも
    嘘で固めます。
    嘘つきはノーベル賞が取れるんですね。

    2万人もいなかったのに11万人だって
    お疲れさん

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著者プロフィール

1931年東京生まれ。聖心女子大学卒。93年恩賜賞・日本芸術院賞受賞。2003年文化功労者に。2012年菊池寛賞受賞。著書に『人生の収穫』『「群れない」生き方』『人間の道理』『老いの道楽』等多数。

「2022年 『未完の美学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

曾野綾子の作品

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