- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784900997837
作品紹介・あらすじ
版を重ねた『実況・近代建築史講義』の姉妹篇。本書では古代ギリシアからルネサンスの始まりまでを扱う。聴けば建築史が好きになる早稲田大学の人気講義をまるごと収録。「歴史とは、少なくとも二つ以上の事象の間に発生する想像的な時空のことである」。複数の建築物・事象を比較によって類推し、なぜそのように構築されたのかを歴史的背景とともにわかりやすく解説。代表的な建築物と当時の時代精神、新たな構法が導入され課題が克服されてゆく変遷の様子が、歴史の動力と関係づけて理解できる、面白さ抜群の中谷建築史入門篇。付録・比較西洋建築史講義地図付。
感想・レビュー・書評
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2022/10/7
歴史とは、少なくとも2つ以上の事象の間に発生した、世界はこうあってほしいという希望である
歴史とは、推論によって最もありうる、納得しうる完成度を、自律的に綴った物語
映画はBlu-rayでオーディオコメンタリーを観る
ローマ帝国の強み→どこでも再現可能なレンガを使った建築を活用。レンガは巨大な建築が可能で非征服者を圧倒することができる。
ワインの歴史→修行のための荒地では常に豊かな水が存在するとは限らないため、葡萄の果実によって得られる水分を糧にした。それを長期保存す中でワインが聖水に。
ロマネスク(適切な高さ、熱い壁、シンプルなヴォーると、都市化以前の立地)
ゴシック(その逆)
オリエンテーション→オリエント、東に祭壇を設けたことから、方針を定めるという意味に
ヒブヴォールトはアーチの交差!
双塔はフライングバットレスを隠すため詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
建築史って面白いものなんだと思わせてくれる一冊。日本建築史も中谷さんの本があればいいのに…!
流れがするすると入ってくるのはもちろんのこと、「わからないことも大切」であったり、先生の実体験も交えてお話ししてくれたり、と『学び』そのものの幅を広げてくれる。読んでいてわくわくする。 -
(01)
本書は、前作の「実況近代建築史講義」に続く実況建築史講義であるが、「近代」に変わり「比較西洋」が主題とされている。古代あるいは中世といった歴史上の大きな時代区分にはよらずに、「比較」という方法によっているのが特徴であり、西洋という、原理的には地球の一方の半球(*02)を対象とした講義録であり、実況的で平易な記述によって読者に迫る。さらに、本書では、具体的な建築を扱いながら、歴史の実験という稀有な試みがなされている。
(02)
前作では巻末に年表が付されていたが、本書では西洋の方面を収めた地図が付録となっている。その地図には、建築にも影響を及ぼす地貌として大まかな地形が陰影によって表されている。ギリシアやローマのほか世界史を学んでいるものには見慣れた地中海沿岸の諸都市や、ローマ帝国の時代から中世かけて都市化が興ったヨーロッパの内陸地方やイベリア半島のグレートブリテン島までが、地図に見えている。東方には紅海、ペルシャ湾、カスピ海も見えており、西洋のひとつの標示としてローマ帝国の最大版図がほぼカバーされている。近代以降に紛争化し、帝国や国民国家のナショナルな領土化を示す国境という線はこの地図に引かれてはいない。各地の都市は点として見えており、都市を結ぶ陸路と海路の網目のような線が重ねられている。そして、本書に登場する建築が所在する位置が凡例とともにプロットされ、その凡例には50を数える建築が拾われている。
また、索引も前作同様に充実しており、例えば「様式」や「教会」といったような一般的な語のほか、「ドーム」や「中世」、「ゴシック」といった頻出語まで見えている。
こうした付録や索引や、著書による前書きとあとがきといった外形の中身として、全12回(*03)の講義がある。その最初と最後、第1回と第12回には、それぞれ「世界建築史ゲーム」と「モダン建築史ゲーム」が配され、この小さな演習は、大学2年生となった建築の初学者たちによって催されている。二つの対となるゲームという実験に臨むことによって、学生らの「建築史」に対する先入観が壊され、講義が終わる頃に、彼女ら彼らの想像は、新たな歴史像を描いているように感じられる。
(03)
全12回に加え、この実際の講義としては、ほかに3回があることが「収録情報」を読むと分かってくる。ガイダンス回と課題の総評回で2回、そして映画観賞の1回があり、古代ローマを舞台にした「グラディエーター」と、中世修道院を描いた「薔薇の名前」が観られている。また、第12回にはSF作品の「2001年宇宙の旅」の一部が講義の中で扱われている。「映画で見る建築史」とされたコラムも収録され、そのほかにもいくつかの映画が紹介をし、建築と映画の方法を比較している。
12回の大まかな流れとしては、古代、中世、ルネサンス初期といった教科書的な時系列の線に沿っている。しかし、近代人で建築史家の伊東忠太が企図した世界旅行は第2回の主要なテーマとして、一見すると脱線しているようでもあり、第5回にはモダニズムを代表するル・コルビュジエがギリシア建築に見出して応用した比例関係「モデュロール」が持ち出されるなど、決して一筋縄(*04)ではいかない構成と時系列をもっている。
(04)
最終の第12回では、前作(時系列としては次作)の主題となるモダニズム建築や歴史における近代の意味が問われ、普遍性と固有性という対概念が示される。この一対の仮説は、先述の「モダン建築史ゲーム」で学生によって検証されているのが面白い。
建築や建築史に対する様々なアプローチとしても本書から得るところは多い(*05)が、歴史とは何か、比較や実験とは学問全般の中でどのような働きがあるのかが取り沙汰され、空間や宇宙、近代や経験といったより大きな範疇までが問い直されようとしている。専門へといままさに入門しようという学生や研究者にとって、建築や建築史という分野はより大きな学問領域の中でいずこに布置されようとするのだろうか。この講義は、それらを学ぶそれぞれの人生の中の指針ともなり、地図にもなりうるような意義があり、本書はそうしたライブとしての講義を実感できる好著である。
ともすれば、建築は、本書にも指摘されたように「組体操」として熱中され、内向きに閉ざされた空間への埋没として保守されてしまいがちである。そうした建築という分野に危機に感じるところのある専門家に対しても、比較や実験や操作が可能な地点や視点を提起しており(*06)、未来的で希望的な方策を指し示しているようにも感じられる。
(05)
例えば、伊東忠太の建築世界地図に見えたいくつもの系、石や木など素材をヴァナキュラーに組むにあたって要求される人員や共同性、石材が梁材として使用される際の構造的な限界、アーチからヴォールトや交差ヴォールト、ドーム、尖頭アーチ、ファン・ヴォールトへの展開、ローマの植民都市建設とバラックの関係、バシリカ式の側廊と日本建築の庇のアナロジー、ロマネスクとゴシックの比較、フライングバットレスと双塔ファサードの視覚的関係などである。
(06)
第11回の終わりに、創造と結び付けられ、著者によって近代のはじまりに措定された「疎遠さ」に惹きつけられる。
その前段で、ルネサンスの立役者たちの「渡り」や旅行を受けて「疎遠さ」は提示され、後段のロココの浮遊や無重力に通じていく。「モダン建築史ゲーム」の中でジョーカーとしての札を切られ、グランド・ツアーも経験したジョン・ソーンがや、この講義の推薦書として挙げられている「イタリア旅行」のゲーテとも関係するであろう「疎遠さ」とは一体何であろうか。第Ⅲ部の表題として掲げられた「漂う建築史」の「漂う」にも通じている「疎遠さ」はどのように考えたらよいのか。
先の対立的な二項で言えば、文脈としては普遍性に寄っているが、固有性にも振れそうな「疎遠さ」は、わたしたちの現在においても問われる歴史的で実際的な課題でもあるだろう。