沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート

  • ころから
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  • Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784907239190

感想・レビュー・書評

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  • 表紙はクライマックスの作品の一場面である。この表紙に至るまでの、80年代の話。垂幕には「호헌철폐 독재타도(憲法変えろ、独裁打倒)」と書かれている。日本の市民パレードの姿と違うのは、その数だ。特に若者の数と、国旗そして催涙弾である。7年前には光州で虐殺が起きているので、民衆の決意には並々ならぬものがあり、それが大きな国旗にも表れているだろう。チェの漫画は、有名写真を換骨奪胎して更に絵画的に仕上げる。映画的な大胆な編集もやってのけ、欄外の解説が無ければスルーしてしまいそうな重要場面が多くある。また、完全脇役として登場していた青年が実は6月革命に火を点けた朴鐘哲だったという仕掛けや、まさかのお母さんが主人公を追い越して最も登場回数の多い「闘うお母さん」に覚醒してゆく構造にも驚いた。この原作で映画化しなかったのが不思議なくらいの出来である。この漫画の8年後に、全く同じ時代を描いた「1987、ある闘いの真実」が上映される。未見だが、文政権を誕生させた韓国で87年が国民的な記憶になろうとしているのだろう。

    「ヨンホ、水は100度になれば沸騰する。あとどのくらい火をかければ沸騰するのか、温度計で測れば分かることだ。しかし世の中の温度は測ることができない。今が何度なのか、あとどのくらい火をくべる必要があるのか。そのうち、もともと沸騰しないものなのかもしれない、と考え始める。だけどな‥‥世の中も100度になれば必ず沸騰する。そのことは歴史が証明している」刑務所の中で、無名の知識人は、主人公ヨンホにそう語りかける。87年を現代の目で見れば、日本人の我々にも、とても説得力のある言葉だ。しかし、当時日本人が大学生だったら、この言葉に説得力を感じることが出来ただろうか?刑務所の臭い飯を食うことが出来ただろうか?できないと思う。なぜなら、日本人にはその「歴史」はなく、韓国人には「歴史」は何度となくあったからである。沸点直前の99度まで行ったのは、1919年、1945年、1980年とあったけど、沸点を超えたのは1960年の四月革命だろう。韓国人には、それに1987年が加わった。そして、やがて2016年の朴大統領を退陣させた「キャンドルデモ」もそれに加わるだろう。

    「沸点」が刊行された09年、私は​3年前の韓国旅行中に親しくなった韓国青年​にソウルで再会した。いろんな話をする中で、​その前年のBSE狂牛病による牛肉輸入自由化反対デモの話になった​。
    「あのデモに行ったんですか?」私は聞いた。
    「行きました」
    「確かにBSEは不安点もあるけど、頑なに拒否する必要があるのだろうか(日本ではいっとき輸入が禁止されただけで、1年後に再開された。デモなどは起きなかった)」
    当時私は、独裁政権や独裁企業を米国が温存する歴史的構造や、やがてFTA(韓米貿易自由化)に移る動きなどは全く知らなかった。青年は、そもそも宮崎アニメが好きで日本語が喋りたくて私と仲良くなった普通の非正規労働者だったと思う。断じて「活動家」ではなく、日常的にデモに行くこともないとも言っていた。反米ではあったと思うが、深い考えまでは無かったと思う。それで彼は私の言葉に何と反論していいのか言葉を見つけられ無かったようだ。困った顔をしてこう言った。
    「安全な肉が欲しいだけ」
    そして仁川に住んでいたのにもかかわらず、ソウルまで来てデモに参加したのである。日本の青年と韓国の青年との間には、私は大きな川があると思う。それは「歴史」という大きな川である。恐ろしい犠牲を伴った「成功体験」が韓国にはある。

    漫画の作画技術や作劇構想の高さには驚嘆したが、1番驚くのは、やはりそれを生み出した韓国の若者の土壌であり歴史なのである。

    2018年10月9日読了

  • 80年代韓国の民主化闘争。
    韓国の民主化闘争、人民の戦いは、学生だけではないあらゆる世代階層職業のひと、本当に市民全体が大きく関心を持ちなんらかのの形で参加する、その割合の大きさに、日本と比較して、瞠目する。
    光州しかり、1987しかり、それは数々の映画にも映されている。
    この素晴らしい作品も、市井の人の在り様、揺れ動く気持ち、強度をつけていく意思を表情豊かに、細やかに、大胆に描いている。
    主人公は、若者というより、お母さん。最初は学生運動や政治闘争に入るなというて子どもを牽制し、騙されているのでは、というところから、現実をみて、聞いて、知り、感じ、学び、大胆にも闘争支援、我が子の奪還のためあらゆる行動を取るお母さん。
    思考停止しない人々。日本と比較してしまうところだ、、、。
    生きるということ、ともに生きるということ、膝を折って生きるより立ち上がり死のうという強い反抗、変化変革への意思。表紙のシーンは現実にも感動的であり、全てのページに感動と羨望がある。
    火の鳥。
    理不尽であり、不条理であり、無念であるが死をもってでも自分を、仲間を、社会を、国を鼓舞する闘う人たち。 
    このような力強いコミックが描かれ読まれていくことがさらに力となるだろうと思う。
    (読後すぐに書いた感想が保存されておらず今、本を手元から離してしまったので記憶ベース)

  • 80年代韓国の民主化運動を描いた漫画。

    それはそう遠くない昔の話であり、私の周囲には民主化運動に参加して服役していた知り合い、先輩たちが数多くいる。この当時に韓国に留学していたというだけで、スパイの容疑を着せられて十数年も投獄された在日の人々がいる。
    そうはいっても、80年代はじめに生まれた私にとって、韓国民主化運動は本の中の話、先輩方の昔語りの中にしかない。

    同書のような漫画は、われわれのような世代、また民主化を自らの手で勝ち取ったとは言いづらい日本人にとって、「他人事」のような韓国の民主化運動の熱量を生々しく伝えてくれる。
    学生たちが、そして普通の人々が自分を犠牲にしながらどのように民主化を勝ち取ったのか。
    われわれが当たり前のように享受している民主主義というものが、本来はどんな犠牲と努力の上になりたっているのか。
    わが国の現状と合わせて考えてみたいテーマでもある。

  • 韓国の80年代の民主化闘争を描いた本。小説かと思ったらマンガだった。

    主人公は大学生のヨンホとされているが、読むとこの話の主人公はヨンホのお母さんではないか?と思った。ヨンホはこの話の中ではほとんどが刑務所の中にいるし、お母さんの方がよっぽど活躍してるように見える(笑)

    しかしこの本に描かれた韓国の状況は、今の日本ととても似ている印象がある。権力を振りかざす政権、事実を報道せず権力の都合のいい報道しかしない報道機関、「デモは過激な人たちが行うもの」「デモをしたって何になるんだ」と非難する「一般市民」。もちろん、今の日本ではデモを弾圧する機動隊や逮捕する警察はこのようなひどい行動は今はまだあまりしてないけど(沖縄ではされている)、だからといってこれからもずっと「しない」とは言い切れない怖さを最近持っている。それとも韓国のように「改憲」され、基本的人権を剥奪され、手足を全部もぎ取られた「国民」にならないと、「一般市民」は目が覚めないのだろうか。

    「沸点」という題名、韓国での原題名は100℃、というらしい。この意味はこの本の中で触れられていて、ここのところが作者が一番に言いたかった、一番の肝の言葉なんだと思うが、わたしはそれよりも心に残る場面がある。

    それはヨンホのお兄さんの言葉だ。ジョンチョル、という大学生が警察で取り調べの最中に死んだ(実際のところは拷問死だった)というニュースがテレビで流れたとき、サラリーマンと大学生がお店で対立する場面だ。お兄さんは大学生に向かってこう言う。

    「自分の生活で手一杯の私なんかに言われたくないかも知れない。だけど、あなたたちも間違ってる」
    「学生さんには私たち(サラリーマン)が偽善者か変節者に見えるかもしれません。」
    「だけど変節者が一緒に泣いてはいけませんか?怒り悲しむ資格は闘っている人にしかないのですか?」
    「そんなことで優越感に浸って、何になるんですか?」
    「一緒に悲しんでいる人まで否定して、何がしたいのですか?」

    わたしは上で「デモをしたって世の中は変わらない」「デモは過激な人たちがするもの」だと主張する「一般市民」を非難した。デモを非難する多くの人たちはこのように言ってデモをしている人間の行動を「無効化」させようとするからだ。デモが効果がないと思えば、何も言わず別に自分が参加しなければいいだけの話で、わざわざデモに参加する人間を非難しなくてもよい。

    しかし一方で、デモの参加者もデモへの参加を呼びかけるのであればよいが、デモに参加しない人たちを非難すべきではない。デモに参加する人間が特に「意識が高い人間」であるわけではないのだから。確かにわたしはなかなかデモへの参加者が増えなくてイライラする気持ちも持っているし、デモに参加しない人たちを「意識が低い人間」とバカにしたくなる気持ちもよく分かる。自分だってつい、そういうことを言いたくなるのも事実だし、本音のところでは「政治に関心を持たなくて一体なんなの?自分たちの生活が政治にまったく関係がなく成立してるとでも?行動を起こさないと言うことは権力者に味方しているのと同じだよ?」と思っている。

    だが、人間というのは悲しいかな、「そのとき」がいつ来るかが分からない。昨日まで関心がなかったことが、何かのきっかけで今日、初めて関心を持ち始めることだってある。その逆もある。関心を持っているが、事情があって参加できないこともある。過去に参加したことがあるが挫折してもう参加する気になれないことだってある。権力に異を唱えることをしない人の中にもいろんな人たちがいる。そういう人たちを一刀両断に「意識が低い」と決めつけてもよいのだろうか。「意識が低い」と決めつける行為が、その人たちがいつか「(再び)参加しよう」と思う意識を阻害することにはならないか?

    この本を読むと「ああ、韓国もそうだったのか」って思うところがたくさん出てくる。と同時に「韓国はこういう道をたどって今があるのか」ととても羨ましい。そのような意味で韓国は日本の民主化の先輩だと思う。日本は韓国に学んでもっともっと民主主義を発展させなければならないなあと感じさせる本だった。

  • 素晴らしい漫画。

  • 何ヶ月か前に買っていた漫画をやっと読んだ。圧倒された。韓国ってすごい。今の韓国でのデモがなんであんなに盛り上がるのかを、やっと理解できた。
    特に印象に残っている箇所が二つ。
    「だけどな…オレは、そういう批判は、行動してる奴から聞きたい。誰かを助けようと海に飛び込んだ人を、岸辺で評論するような話は聞きたくない。オレは…海に飛び込んだお前の話が聞きたかった…」
    「水は100℃になれば沸騰する。あとどのくらい火にかければ沸騰するのか、温度計で測れば分かることだ。しかし世の中の温度は計ることが出来ない。今が何度なのか、あとどれだけ火をくべる必要があるのか。そのうちに”もともと沸騰しないものなのかもしれない”と考え始める。だけどな…世の中も100℃になれば必ず沸騰する。そのことは歴史が証明している。」「それでもいつ沸騰するのか分からない不安は残るでしょう?先生はどうやって何十年も辛抱できたのですか?」「オレだって分からなくなる時があるよ。だけどそのたびにこう思うのさ。今が99℃だ。そう信じなきゃ。99℃であきらめてしまったら、もったいないじゃないか。」
    日本はいま何度なんだろう…。

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著者プロフィール

1977年韓国・慶尚南道晋州生まれ。祥明大学漫画学科卒。98年デビュー。おもな著書に『大韓民国原住民』『錐』などがある。2003年にはフランスのアングレム国際漫画フェスティバルに招待され、「卓越した感性をもつ漫画家」と評された。大韓民国漫画大賞優秀賞をはじめ数々の賞を受賞。

「2018年 『増補版沸点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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