自分自身のとらえ方や価値観を問い直す言葉に出会うことがあります。
私にとって、「障害受容」はその一つ。
「障害受容」とは、文字どおりとらえるなら、「障害」を「受け容れる」ということになります。
作業療法士の田島朋子さんは、障害のある人を支援する現場で、支援者が、「Aさんが障害受容できていない」と発言したことに違和感を感じ、「障害受容」について考えることになったそうです。
前作「障害受容再考―「障害受容」から「障害との自由」へ」(三輪書店)も、とても興味深い一冊でした。
続編となる本書「障害受容からの自由」は、田島さんだけでなく、障害をもつ当事者、家族、支援者それぞれの立場から「障害受容」について書かれた本です。この本にも、また、さまざまなことを考えさせられました。
「障害」を「受け容れる」ということについて考える時、まずは、「障害」そのものについて、どうとらえるかということがあり、その「障害」を「受け容れる」ことについて、どうとらえるかがあります。
肯定的か、否定的か。できるか、できないか。
できなくても、いいのか。そうではないのか。
頭で考えていることと、心で感じていることが、一致しないこともあり、複雑な思いに駆られる可能性もあります。
「障害受容」は、「障害」について、改めて考える機会をつくる言葉であり、「受け容れる」ことを、どうとらえるかを、自分自身に問い直す言葉だと思います。
改めて思うのは、人の感情や考え方は、揺らぐものであるということです。
「障害」も、「受容」も、それらのとらえ方は、
人の中で、しばしば揺らぎ、移ろい、迷うものかもしれないと感じました。
障害のない人は、自分に付随しているものではないからこそ、「分からない」部分があるということを念頭においておく必要があります。
「障害」や「受容」について、「こうだ」と考えているものを誰かに押しつけていないか。常に、自分自身のとらえ方を問い続けることに意味がある気がします。
「障害受容」について、あなたは、どうとらえるのか?改めて「問い」を突きつけられる一冊でした。