ヴァ-チャル・ウォ-: 戦争とヒュ-マニズムの間

  • 風行社
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  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784938662554

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  • いまや戦争が新しい形をとって行われるようになった。それは著者によれば、戦争に踏み込む時点から結果まですべてが「ヴァーチャル」ということである。かつての戦争が、国全体の生き残りをかけた、死ぬことを覚悟して戦場に出て武器を手にぶつかり合ったのに対し、コソボ戦争からその性質は変化した。コソボは合意・動員・メディア・価値(戦争の大義)・手段・同盟そして勝利まですべてが空洞性を伴っていた。この本を通して、大きく二つのことが言える気がした。ヴァーチャル・ウォーへの変化にともなって、戦争をリアルと感じる人の減少、それに伴う権力者の武力行使への抑止の低下と、「人道主義」という言葉に踊らされてjus ad bellumとjus in belloの変質に気づかないということである。そしてこの二点に共通していることが「他者(とくに武力行使における他者)にたいして責任を負うとはどういうことか」と感じた。
     まず前者は、手段が痛みを伴わない戦争によって国民の反戦意識を低下させることであり、強いては政治行動を決定する国民によるチェック・アンド・バランスが低下することにもつながる。さらにピンポイント攻撃を可能にするRMAによって、戦争はもはや敵の領地を全滅させることがなくなるかのような幻想を抱かせ、あたかも敵に対してのみ攻撃するのであって、そこにいる一般市民には害がないかのように思わせることができる。また、攻撃するほうも実際に死ぬわけではない。敵味方両方の市民に害がない(みせかけ)となると、戦争をなんとしてでも止める意思も関心も少なくなる。民間の関心がなくなることで権力者にとって戦争もやりやすくなるのだ。だが、ここにひとつのトリックがある。RMAはアメリカだけの特権でなくなる日は必ず来ると著者も言っていたように、この革命が世界に広がったらどうなるのであろうか?権力者はRMAを利用して戦争し、その下で市民は戦争の痛みをまったく知らずにいる。そのとき、戦争が本当の意味でテレビゲームになるのだ。だが現実的にRMAを使っても一般市民に被害がまったくないわけではない。その証拠がコソボ戦争であり、空爆をしながらも虐殺を止めることができなかったし、民間人の死傷者も減らなかった。コソボ戦争はミロシェビッチがメディアを逆手に取ったことで西側の市民を動かした。そこにはNATO空爆によるコソボの被害があったからだ。だが、これがもしもっと精密なRMAになっていたらどうだろうか。そしてそこにメディアによる歪曲した「現実」(=多少の被害をカットして放映するなど)を伝えることになったらどうだろうか。戦争そのものが行われてもよいものになり、軍事パワーの強いほうの市民に「他者(ここでは戦争被害者)の痛み」をまったく感じさせなくさせる気がした。
     そして近年広がった「人道的介入」という考え方である。これを広げているのは西側である。大規模な人道に対する侵害があり、かつそこで事態を(最低限)止められない場合に軍事力で持って介入してよいということであるが、この理論は同時に「人道」や「人権」を掲げての武力行使を許可するものでもある。もちろんこのコンセプトを主張している欧米諸国は、人道的介入であっても十分な討議に加え、武力行使にあたっての手段や主体を慎重に決めなければならないという。だがこれには「人権を守るため」という大義さえあれば、市民からの支持を得て武力行使が可能になる(=jus ad bellumの変質)ことを内包している。人権のトリックによる「正しい戦争」になりかねないのだ。そしてもし人道的介入にRMAが持ち込まれたらどうだろうか?(実際、コソボではすでにその一歩に踏み込んでいたが。)jus in belloまで変えてしまうのではないだろうか。人間の安全保障に立つ「人道的介入」も、使い方によっては権力者に戦争の権利を無制限に与えることになる。また「人道的」という正義に満ち溢れた言葉によって介入側の市民に目隠しをかぶせ、実際の武力行使にあたる手段やプロセスについて議論することを封印してしまう危険性がある。他者に対する保護の責任を主張するのであれば、同時に手段についても同じだけ議論されるべきである。
     他者の痛みを感じなくなったときに、戦争は一人歩きするようになる。RMAと「人道的介入」はともにこの危険性をはらんでいる。この危険性をできるだけ回避するためにも、もう一度戦争や武力行使について考えてみる必要がある。本書はこのことに気づかせてくれた。

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