生きる<普及版> [DVD]

監督 : 黒澤明 
出演 : 志村喬  小田切みき  小堀誠  金子信雄  千秋実 
  • 東宝
4.31
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感想 : 85
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  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988104044778

感想・レビュー・書評

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  • 「生きる」ことって難しい。
    「生き生きとした人生を!」などと言う人はたくさんいるし、それは誰しも目指すところだろう。
    しかし、どんな人生を送れば「生きた」ことになるのかは難しい。この映画はそれに一つの答えを示したものではなかったか。

    それまでミイラのように役所に勤めていた主人公。
    自分が胃癌だとわかってから、初めはそれまでしたこともなかった遊びに手を出す。そこでのメフィストフェレスとなった作家の男はある種の「生」を体現しているだろう。
    酒、女、賭博...当人は生きている感覚を得るかもしれないが、長続きはせず、いずれ忘れ去られてしまう生き方。

    元々市民課に務めていた女性と、偶然道で出会ったことが転機となる。その女性はなぜか生き生きとしている。市役所を辞めて工場で働いているが、何か作ることが楽しく、自分が作ったものが全国の子供達に作られているのを見るのが嬉しいという。

    そこで主人公は初めて「他人」の存在に気付く。
    そこから五ヶ月間、彼は公演造成のために死ぬ気で働く。役所という硬直化した機構の中で「やる気があればできる」という言葉通り働く。
    初めは嘲笑されたものの、彼の熱意に押し切られる形で公園は完成した。

    だが、助役は自分の手柄としてそれを強調するばかり。一件主人公は報われない様にも思う。
    もちろんそんなことはない。葬儀に訪れる弔問客は真の功労者が誰だがを雄弁に語っていた。
    確かに主人公は死んだが、彼は人々の間で永遠に生き続けるのだ。

    最後のシーン、役所では相変わらず業務のたらい回し。文字通り「命をかけて」仕事をした主人公の遺風は見る影もない。ただ、彼の作った公園が次世代を育てるばかりである。
    --------------
    構成も面白かった。特に、一度五ヶ月飛ばして、葬儀の場で列席者に故人の思い出を語らせ、空白を埋めて行く手法が斬新だった。

  • 良くも悪くも「生きる」ということについての作品。作中でも述べられるが『ファウスト』と同じ構造。誰にも理解されずとも仕事をやり遂げる渡辺課長はかっこいいが、胃癌と分かるまでは官僚制に押しつぶされていたのも事実。課長の死後、決意を新たにしていた職員も今までの役所の仕事を続けるだけになってしまう。そういった役所の人々が描かれる一方、日常を楽しめる「みき」の生き方は意外に光っている。

  • 市役所に30年勤務し無為に人生を送ってきた渡辺。ある日胃がんであとわずかの命と知る。若い頃に妻に先立たれてから男手一つで育ててきた一人息子光男とは同居しているものの距離ができ、胃がんであることを打ち明けられない。
    渡辺は市役所を無断欠勤し、飲み屋で知り合った小説家の男に連れられパチンコやストリップ劇場で遊び気を紛らわせようとする。市役所の同じ課の若い女性、小田切に出会った渡辺は、彼女が仕事を辞め玩具工場に転職したことを知る。小田切につきまとう渡辺に、小田切は何かモノを作ったらどうかと薦める。
    小田切の言葉に感銘を受けた渡辺は地元の母親たちが要望していた公園づくりに熱中し、5ヶ月後、完成した公園で亡くなる。人々は渡辺の功績を称えるが上役が手柄を横取りする。市役所の職員たちは渡辺のように市民のために働くことを誓うがすぐに元の生活に戻ってしまう。公園では今日も子ども達の笑い声が響いていた。

    渡辺役の志村喬の演技が、眼力がすごい。目に涙を浮かべながら「命短し恋せよ乙女」を歌うシーンは圧巻。有名な雪の中のブランコのシーンは短いが詩的で印象的。渡辺がやるべきことに目覚めたシーンで歌われるハッピーバースデーの演出も心を奪われる。

    この映画だけでなく他の古い映画にもいえることだが、音響が悪くセリフが聞き取りづらいのがほんとに残念。日本映画でも字幕があったらいいのにな。

  • とっても良かった。
    カズオイシグロ脚色版を観てから、すぐ観た。

    うーん、黒澤版に軍配。
    カズオイシグロ版はファンなだけに、観る前にハードル上げすぎた感はあるけど、主人公が生きるに転じるポイントがボンヤリしてる。

    黒澤版は、そこでハッピーバースデーの歌も印象的で、生き始めたんだなと思った途端亡くなって、葬儀の場面でみんながあれこれ詮索する場面にたっぷり時間をとって、そこに主人公の回想が入るのも効果的。
    最後、それでもままならない人生の切なさが、余韻を生む。

    手紙で解答を言葉にしてしまうのって、ちょっと興醒め。

  • 自分の仕事の中にもまだやれることがあると気づいて奮起するシーンは感動的。
    どうしたら活発に生きることができるのか?何かを作る仕事でもしたらいい。しかし自分には遅すぎたーーーいやまだできることはある。
    幸せの青い鳥よろしく、答えは存外近くにある。自分の持ち場の中でどのように生きるのか。ミイラのように生きることもできるし熱意をもって生きることもできる。たとえその仕事が世間に正しく評価されずとも、ごく少数でも死を悼んでくれる者があり、その仕事によって子供達が笑顔になったのだからそれで十分ではないか。

  • 生涯ベスト映画

  • ようやく観た。黒澤1952年の作品。市役所に30年務めてきた初老の男性が自分が胃癌であることを知り(胃癌を宣告されたというよりは、当時の慣習で「胃潰瘍」と言われたが、文脈で胃癌であることがわかった)、しばらく絶望するが、やる気なく務めてきた態度を反省して、残りの人生で一つの仕事をやり終えて死ぬという物語。前半と後半で作りを完全に変えており、とくに後半は通夜の場面を舞台のようにして話を展開させていておもしろい。期待していたものすごい感動というのはなかったが、長く心に残る作品。B++

  • 評判通りの名作だった。
    自分もまったく生きていない、と身につまされた。

    ハッピーバースデーのシーンの演出が特に凄いと思った。
    一般的には、『死を目前に新しい自分の生きる目的を見つけた』 → 『新たな人生の始まりにハッピーバースデーの祝福』、という演出として観るらしいけど、自分が感じたのはちょっと違って
    ・もうやがて死んでしまう主人公 渡辺 がその人生の現状と同じように階段を下ってゆく
    ・一方で、それと反対に若く瑞々しい少女が今まさに明るい人生の階段を上がってくる
    という好対照、さらに華々しい歌唱と笑顔笑顔。なんて皮肉の効いた演出なんだと思った。このシーンで、これはすごい作品だと思うに至った。

    あと志村喬の歌唱する「ゴンドラの唄」もとても良かった。

  • 後半戦、少し見ているのが辛くなるモノトーンなシーンが続く。辛抱強くない人でないと中々楽しめない作品だと思った。主人公の男の、はっきり物を言えない口ごもりグセのある人柄(そういう役作りが前提なのだけど)も、短気の私にはイライラを誘うばかりだった。

  • 生きていない男が余命半年と知り
    いのち短し恋せよ少女
    からの
    ぶっ生き返す物語

    時間がないとわかっても、そう生きたいと思っても、中々人は、できない。保身を考える。最後はそんな皮肉なんかもあり。でも、そう、生きられたらいいね

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著者プロフィール

(くろさわ あきら 1910−1998年)
日本を代表する映画監督。1943年『姿三四郎』で監督デビュー。生涯30本におよぶ名作を監督した。『七人の侍』(1954年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞)など海外の映画祭での受賞が多く、映画監督として初めて文化勲章、国民栄誉賞を受賞し、1990年には米アカデミー名誉賞が贈られた。

「2012年 『黒澤明脚本集『七人の侍』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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