翻訳の苦心 [Kindle]

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  • 2012年9月14日発売
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  • 幸徳秋水(1871-1911)。大逆事件で処刑された思想家、ジャーナリスト、社会主義者である。
    本稿は主義主張とはあまり関係なく、翻訳論に加えて、秋水の翻訳経験譚である。

    翻訳など横の物を縦にするだけだろうという輩がいるが、とんでもないことである。
    まず原著者の意を汲まねばならない。これがそも一仕事である。1つの誤りもなく解釈することはまず不可能である。
    それから訳語の選択に当たらねばならない。すでに定訳があるものはいざ知らず、時は明治・大正期、その語が示す概念がまだ日本にはないような場合、訳語の選定に1つ1つ苦心惨憺することになる。法律・哲学・理化学・医学などの邦訳の礎を築いた先人たちの苦労や知るべし。
    訳語が決まったとしても肝心の文章である。単語をただ並べるわけにはいかない。秋水によれば、その昔、三蔵法師も経典翻訳に苦労したのだそうで、曰く
    「翻訳は猶ほ食物を噛砕いて其子に食せるやうなもので、美味は母親の舌に残つて、子は糟粕ばかり食ふことになる」
    残りカスかぁ・・・とは思うが、言いえて妙かもしれない。
    続いて、秋水の師に当たる中江兆民の翻訳評として「総て完全な翻訳は、原著者以上に文章の力がなくては出来ぬ」。
    原文の意を解して、なおかつ読みやすい、さらには読んで楽しいものにするには、生半な文才では叶わないというところか。

    秋水自身は、文学や学術を訳す才は自分にはないと言っている。それが謙遜であるのかどうかはともかく、こう割り切りたくなる気持ちもわかるように思う。
    ただ、翻訳自体はまったくしなかったわけではもちろんなく、若い頃に新聞雑誌を相当の量こなしたらしい。翻訳だけでなく、摘訳というのもあった。記事の事実の要点をまとめるのだが、こちらの方がむしろ大変で、短い記事の背景を知るために何ページも読まねばならなかったり、読んだ挙句に取り上げるほどのものでもなかったり、骨折り損もおおかったようだ。
    しかし、期日を切ってある程度の量を読み、訳すという作業は、なるほど翻訳の基礎体力をつける上では非常に役立っただろう。

    訳すことによって原文の理解も深まり、また文章の修練にもなるというあたりは、英語学習者や文筆業の人にも当てはまるかもしれない。
    結語として
    社会公共の上より言へば、文芸学術政治経済、其他如何の種類を問はず世界の智識を吸収し普及し消化する為めに、翻訳書を多く出さんことは、実に今日の急務である
    とある。
    思想に賛同するかはともかくとして、よりよい社会を目指していた一途な思いがあふれているようにも思われる。


    *アナーキスト・大杉栄もかなり翻訳を手掛けていて、『種の起原』や『ファーブル昆虫記』を訳したりしています。主義者と呼ばれる人たちが近代邦訳黎明・発展期に果たした役割は結構大きかったのかなと思ったりします。

  • 使われている漢字とか、送り仮名のルールとかが古いため、読むのが大変だったけど、言いたいことはよくわかりました。

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