門 [Kindle]

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  • 2012年9月27日発売
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感想・レビュー・書評

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  • 『それから』の「それから」で、『こころ』の試作版。そんな作品。
    何も起こらない。本当に、最初から最後まで、事件は何も起こらない。
    なのに、徐々に明かされているようで決定的には明かされないままの謎と、それが纏う侘しく不穏な雰囲気に惹きつけられてグイグイと読みきってしまう。
    そして、最後は不思議と愛着が湧きました。

    自分たちの過去のある「行い」によって、世間に暮らしながら世間からはじかれた「落伍者」として、お互いだけを頼りに細々と暮らす若い夫婦の、一見するとありふれた平穏な日常と、うらはらに、逃れられない罪悪感に苦悩するそれぞれの胸の内を綴った、ただそれだけの「恋愛小説」。

    愛着が湧いたのは、どんなに罪悪感に苦しんで救いを求めてみても救われることもなく、かと言って、決定的に落ちるようなこともなく、結局何も起こらずに日常が続くようで不穏感は消え切らないラストに、「人生なんてそんなものだ」というリアルさや真理を感じたからかもしれません。

    もしくは、落伍の人生となりながらも、それでも、夫婦二人、互いに深く愛し合い、「切り離すことのできない一つの有機体」となって、幸福を噛み締めている、という描写の巧みさと、その毅然とした香気を纏いながらもどこか切々とした調子に胸を打たれたからでしょうか。

    他の方々のレビューにもあったように、本作『門』(1911)は、漱石の他作『それから』(1910)の「それから」だな、と思いました。

    同時に、同じ漱石の他作で代表作『こころ』(1914)の試作版とも言えるかもしれません。
    『こころ』の方が、ずっとずっと激的な構成、そして展開へと変貌と発展を遂げていますが。

    個人的には、『こころ』は、かつて読み終わった際に、どうにもつらくしんどかったので、『門』のほうが好きかもしれません。

    展開を求める方には物足りないかもしれませんが、とても趣きのある作品です。



    (以下、抜粋)
    「彼らにとって絶対に必要なものはお互いだけで、そのお互いだけが、彼らにはまた十分であった。」

    「…自分たちがいかな犠牲を払って、結婚をあえてしたかという当時を思い出さないわけにはいかなかった。彼らは自然が彼らの前にもたらした恐るべき復讐のもとに、おののきながらひざまずいた。同時にこの復讐を受けるために得た互いの幸福に対して、愛の神に一弁の香を炊くことを忘れなかった。彼らは鞭打たれつつ死におもむくものであった。ただその鞭の先に、すべてをいやす甘い蜜のついていることを覚ったのである。」

  • 誰もが知る文豪に対して言うまでもないことなんだけど、やっぱり表現力がすごい。自分のツボにはまる文章を見つけたら何回でも読み返してしまう。
    「今まで宗介の心に映じたお米は、色と音の繚乱するなかに立ってさえ、きわめて落ち付いていた。そうしてその落ち付きの大部分は、やたらに動かさない目の働きからきたとしか思われなかった。」

  • 自分たちのかつての燃え上がった恋心が生み出した罪を抱えながら、静かに寄り添って生きる夫婦のお話。これで100年以上前の作品とは信じられないくらい、言葉の切れ味が繊細で鋭い。

  •  とにかく暗い。青春三部作の中で一番暗い作品だと思う。最後は小六も書生になるし、宗助の給金も上がるし、良いことがあって表面上はハッピーエンドである。でも、宗助の持つ悩み(罪の意識?)は禅に救いを求めても一向に解決しない。幸運が降りかかってもその意識が充分に幸運を感じ取るのを妨げる。だから表面は良くても、肝心の内面を見るとバッドエンドだと思う。このままいつまでも悩みは消えそうになく、一生罪の意識を抱えて生きていかなければならない。そんな運命を暗示しているような最後が、全体の暗さを一層際立たせていたように思う。
     好きな部分は寺籠り編だった。俗人と僧侶がこうも違うのかということに気付かされるところ、門の比喩が印象的だったからだ。「自分は門を開けて貰いに来た。けれども門番は扉の向側にいて、敲いてもついに顔さえ出してくれなかった。ただ、「敲いても駄目だ。独りで開けて入れ」と云う声が聞えただけであった。」、「彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。」という文章が、本当に救いようがなさすぎて悲しくなるほどなのだが、それゆえに印象的だった。

  • 極めて内向的な気風な主人公、野口宗助。
    生活のうちに生じる大小様々な悩みを、外部に相談することなく、ただただ妻との間で取り交わし、最終的には禅寺に籠もり座禅に救いを求めようとする。
    しかし、いっこうに答えを得られないうちに自宅に戻ると、いつの間にか問題はあっさりと片付いていた。
    要は、くよくよ悩んでいても仕方がなかったわけである。

    人は社会に関わることで生きており生かされている。
    社会によってもたらされる悩みは、社会を通してしか解決できないのだろうか。
    となると、座禅をはじめとする自己との対話はまったく無駄なのだろうか。

    漱石自身、禅寺で座禅を体験したと聞くが、決して漱石は、自己との対話を無駄だというつもりはなかったのではないか。
    「門」の閂は常に内側にあるのであり、自身から外につながる「門」を開けるのは家中にいる自分自身である。
    ただ、がっちり閉まった「門」を自分から開くのは大変面倒であり、外から来客でもない限り開けることはない。
    しかも、自分自身に来客を招待する気がないと、通用口を開けるだけで済ませてしまい、結局、本当の意味で「門」を開けることはなくなってしまのである。

    作中、宗助は、彼と対局に社交的な人物である家主の坂井の家を訪ねるとき、表門は開いているというのに、何かにつけて裏の勝手口に回っていた。
    そして、終盤で解決したように思える問題も、実は問題の種が遠ざかっただけで、結局、何も解決していないことに気がつかされる。
    「書を捨てよ町に出よう」は寺山修司の言葉であるが、漱石も同じ事を考えていたのではないか。

    本作がかかれたのは明治期ですが、否応なく社会につながらされる現代だからこそ、なお感じ入る作品でした。

  • 『三四郎』『それから』に続く前期三部作の第三作。

    親友の安井を裏切り、その妻であった御米(およね)と結ばれた野中宗助は、その負い目から、父の遺産相続を叔父の佐伯に任せていた。その叔父が病で急死し、弟・小六(ころく)の学費を打ち切られても積極的な解決に乗り出すこともない宗助は、社会の罪人として諦めの中に暮らしている。
    そんな宗助が、思いがけず耳にした安井の消息に心を乱し、救いを求めて鎌倉の禅寺の「門」をくぐるのだが…。

    劇的なラストを遂げた『それから』の「それから」に当たる『門』ですが、存外に地味な作品です。
    そこには『三四郎』の瑞々しさも、『それから』の激しさも無ければ、希望も絶望も無い。恬淡とした日常があるばかり。
    ですが、いつ「片付く」とも知れない諦念のようなものを抱えながら、宙ぶらりんな生活に埋もれるほかない夫婦の、哀感が行間から漂っています。

  • 内容は暗いけど、日本語の美しさにうっとりする。
    救いがなくて辛いけど、そこが良い。罪はいつまで背負わなければならないのだろう。
    現代に生きる私達は、こんなに人知れず思い詰めることがあるだろうか。
    現代はもっと合理的で利己的であり、そのように生きることを推奨されているように思う。
    「三四郎」「それから」に続く三部作とのことで、前の2作を読まないと。

  • 夏目漱石なんて学生時代以来読んでないので、久しぶりの域を超えてますが、あまりにもきれいな日本語にうっとりしながら読みました。
    門を読んでつくづく感じましたが、現代に使われている日本語の単語数って減っているよね…
    私も含めですが、さみしい限りです。
    kindle版は辞書がすぐ引けるので、日本語を再々々勉強する意味でも大変良かった1冊です。

  • ブクログも青空文庫、kindleに対応するようになったのね、、、

    それはそうと、この暗い小説は食わず嫌いで未読でしたが、とてもよかったです。暗いのがよいと思うようになった我が身の暗さが自身を小説に近づけたのでしょう。

  • とくに

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著者プロフィール

1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)にて誕生。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表。翌年、『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

「2021年 『夏目漱石大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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