海を見る人 [Kindle]

著者 :
  • 早川書房
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感想・レビュー・書評

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  • 目次
    ・時計の中のレンズ
    ・独裁者の掟
    ・天獄と地国
    ・キャッシュ
    ・母と子と渦を旋(めぐ)る冒険
    ・海を見る人
    ・門

    最初はとても読みにくかった。
    世界のありかたがよくわからなくて。

    『時計の中のレンズ』は、陸続きでありながら重力の異なる世界を旅する一族の話。
    重力が異なれば、生物の発達の方向も違って来るわけで、そうなると同じ種族でありながら生まれる家畜の生存率が非常に低くなり、それは一族の死活問題となってくるのだ。
    という話なんだけど、〈歪んだ円筒世界〉だとか〈楕円体世界〉だとか、生物の〈かたもの細工〉〈やわもの細工〉人間を含む〈ぬれもの細工〉って、なんなの?とか、理解が全然追いつかない。

    それでも、『独裁者の掟』『天獄と地国』と読み進めるうちに、これははるか遠い未来のパラレルな世界なのか?と思いはじめる。
    正解かどうかはさておいて、自分の中で整理がつけば、あとはさくさく読むことができる。
    間違っていれば、その都度修正しながら読めばいいのだから。

    『キャッシュ』から、愛情と論理が対峙することで生まれる亀裂、それをクールに受け止めることも哀切をもって受け入れることもできるように書かれた作品世界にどっぷりと浸かる。


    特に、『キャッシュ』は、今の時代の方がより説得力を増すかもしれない。
    人間なら当たり前すぎてプログラミングしなかったことで起きる、致命的なバグ。
    人類に、いや生物にとっては自明なことも、AIにはプログラムしなければ理解できないこと。
    自己流の解釈で対応したばかりに…。

    『母と子と渦を旋る冒険』は、子どもの健気さと、母の冷やかさが哀しすぎる。
    『海を見る人』の、日常的にウラシマ効果の起こる世界って嫌だなあ。
    ロミオとジュリエットよりも切ない。
    『門』は、ネタバレになるかもだけど、大姉の正体がわかったところでオチがわかってしまった。
    これはハッピーエンドといっていいの?

    超伝導とか超光速とか、相対性理論とか量子力学とか、設定がいちいち難しくても気にしないで読めば、そのうち感覚がわかってくる。
    作者は「電卓片手に読めば物語の裏側がわかる」とおっしゃいますが、表側だけでも十分面白かったです。

  • 小林先生の最初の短編集。SF濃度が濃くて面白い。あまりSF読んだことない人には敷居が高いかもしれない。
    重力による視界のゆがみの描写など参考になりますなぁ――
    掲載作の中では「門」の落ちが好き。

  • 『脳髄工場』を読んだときにも思ったけど、この作者の恋愛ものは肌に合う。 恋愛ものとして一番好きだったのは『キャッシュ』。恋愛とは一人でしかできないもので二人でもできるんじゃないの?という幻想を追い求める滑稽さを描いた作品もヒューマンドラマとしては楽しめるけど、やっぱり恋愛ものとして本当に楽しいのはこの手の物語。 僕が決めた容姿。僕が決めた話し方。僕が決めた性格。僕が決めた愛。閉鎖された自分の中に想いをはせる閉鎖的な愛は、逆説的にこれ以上ない人間賛歌なのだと思うんだけど…

  • 読了。表題作の「海を見る限り」と最後の「門」がとてもよかった

  • 作者の訃報を知った後、評判の高かった本作を読んでみたのだが、すごく…難しかった…。こんなの書ける人の知識と想像力はどうなっているんだろう。すごい。
    「時計の中のレンズ」とか「天獄と地国」とか、場所の設定が特殊なものは特に、理系的な知識以前にそもそも日本語的に情景を読み取るのが難しかった。
    「独裁者の掟」は叙述トリックにまんまとはまった。ブローチの描写の主体が女性士官だと思ってしまうよな。
    「キャッシュ」は、舞台が宇宙だったり特殊な場所だったりする作品が多い中、比較的状況がわかりやすくて読みやすかったかな。
    「母と子~」はキャラ描写のグロテスクさとラストの後味の悪さを楽しむ作品か。
    「海を見る人」は時間の流れが違う男女の恋という設定自体は割とベタかと思っていたら、女の子のオチがちょっと新鮮だった。
    「門」はタイムパラドックスものというジャンルとしての独自性がよくわからなかった…というかラストだったので息切れしてしまった。

  • どれも素晴らしい短編だった。
    幾何学世界や仕掛けの着想、語り、また全ての物語で非常によくできたオチがついている。SFとして、冒険小説として、まったく外れが無く参考になる作品ばかりだった。もっと早く読めればよかった。

    ・幾何学世界モノの重要要素
     -まず着想が重要
     -物理的に正しい時空間的シミュレーションが世界に説得力を持たせる
     -世界の中に人物を配置し、移動させ、その視点から視覚的・体感的に描くこと
     -世界の中に起こる人々の風習・文化・生活様式も描くこと
     -想像力をそそる固有名詞も大事
     -世界がなぜそうなったのか、どこに向かうのか、に謎を持たせる
      …特に、世界がどこか(あるいは何らかの形)に向おうとしており、
       主人公たちがそれに関わることも重要

    ・オチは二重・三重に「実は…」を重ねる
    ・心理描写や語りも大事

    「科学的に正しい時空間シミュレーション」はハードSFならではだとは思うが、説明のくどさをそこまで感じさせなかった。むしろ、What-ifとして深さのある検討がされ、その上で、ここに文化的・体験的・視覚的な予想が乗っているのもよかったのだと思う。



    ■時計の中のレンズ

    凸レンズと凹レンズの接する世界を旅する部族の話。幾何学世界モノとでも言うべきか。日本が登場するのでそこは地球近傍のどこかであることがわかる。

    振り返ってみれば、物語としてはあくまで「不思議な世界観の魅力」だけで牽引されていたが、それだけで牽引しきれたのがすごい。

    極めて特殊な世界図の中に登場人物を置き、そこから世界がどう見えるかをビジュアルで描写している。このとき、重力のあり方など、物理現象についてはきちんとシミュレーションされているはリアリティがあった。

    さらに、おそらく遠未来と思われるなか、展開されるのは原始的とも思える部族の風習であり、そのミスマッチがおもしろい。
    そして、部族の遥かな旅にロマンを感じる。

    「ぬれもの細工」「やわもの細工」などの語感も興味をそそるものだった。
    過去に何があったのか気になってしまう。


    ■独裁者の掟

    冷酷な独裁者が無慈悲に粛清を重ねる様子と、相手国に入り込んだ少女と少年の話。
    前者はその残酷さで牽引を、後者はBoy Meats Girlの甘酸っぱさで物語が進行し、そのうえで、世界の構造が明らかにされていくのがおもしろい。

    物理的なシミュレーションもさることながら、互いの社会についてもきちんと描かれていたのもよかったのかも。

    緩やかに滅亡に進む絶望的な社会を描きながら、最後には希望がかかれる。
    そこでいくつものどんでん返しが起こる。
     ・冷酷に思えた独裁者は、世界を救うためにリスクを取っていた
      (ブラックホール・エンジンの融合による解決遂行のため、組織の頂点に)
     ・独裁者は実は女性だった
      (ヒトラーを彷彿させる描写による叙述トリック)
     ・少女編は実は独裁者の過去であり動機であった

    「ひねり」が三重に利いていて衝撃的なオチを展開。
    さらに、少年を失った少女がその後どう生きたかの悲哀を想像させ、大きなスケールを見せている。

    短編はここまで仕掛けなければいけないのか、と思わせられた一作。素晴らしかった。


    ■天国と地獄

    重力が反転し、外側に向かう世界の話。
    空賊とか飛び地とか独特の環境があり、その中で宇宙服だけで暮らす過酷な人類の姿が描かれる。
    この作品でも、「村」の制度や風俗などが書かれていてリアリティというか厚みがある。

    序盤は次の二点で物語を県委員
     ・この世界はいかなる世界なのか(重力が逆ってどういうこと?)
     ・地国は果たして実在するのか?

    重力が中心に向かう世界の実在を巡る論証は非常に面白かった。地動説と天動説的でもあるが、実際に重力が外側に向かう世界では、内側に向かう世界を信じられないことが理路整然と描かれる。
    その上で、計算により重力天体存在の仮説に気付くシーンはおもしろかった。

    ラストシーンで希望が描かれて終わるが、ここでも世界の成り立ちは明かされない。それがまた興味をそそる。


    ■キャッシュ

    睡眠中にシミュレーションをみる恒星間宇宙船の住人の話。
    2002年の作品だが、仮想世界のあり方が実に良く描かれていて驚いた。マトリックス的なものの影響はあるだろうけど、魔点による経済とか、相手の姿の見せ方とか、よく考えられていた。

    キャッシュの設定導入は若干つじつま合わせを感じたが、合わせ鏡の原理で死後もエミュレートされる、という原理はおもしろかった。
    依頼者が実は死者だったというのも、若干予想はできたがよいオチだった。


    ■母と子と渦を巡る冒険

    生態摸倣した探査機の話。
    自分自身を「人間」であると認識しており、ポストヒューマン的にも思えた。声ではなく伝達物質の交換で情報をやり取りしており、それが常識だと思って原生生物を殺してしまうくだりとかは、価値観の違いとしてよく描けていた。

    オチも絡めると「前提知識と常識」はこの物語の1つのテーマなのだろう。

    本作も宇宙空間に生じる恒星系のしっかりしたシミュレーションの裏付けのあって描ける話。しかし読者的には、不思議でファンタジックな空間世界描写に思える。

    原生生物を殺戮し、自分自身を作り替え、なお自我を保って「お母さん」の所に還ろうとする健気な姿。この過程での生体組織の組み換えなどもSFとしてよく描かれていた。

    そしてオチとして、「お母さん」はあくまで探査機としての主人公を無下に扱う。
    このオチは、構造的なものというよりは感情的なギャップで、本作全体がこのギャップを描き出すために演出されていたとも読めた。


    ■海を見る人

    100kmの差で重力が大きく変わる世界のシミュレーション。
    それがどのように見えるかを、中にいる人の視点から視覚的に描き出し、あるいはそこに棲む人々の文化や交流がどのように起こるかの風俗をよくシミュレーションしていた。

    物語は少年と少女の恋物語。離れた世界の二人が互いに惹かれ合うも添い遂げられない、と言えば王道の筋ではあるが、少年の心理描写が巧みに描かれることで、作品全体の雰囲気を作っていた。

    これもひとつの幾何学世界モノだが、その着想が素晴らしい。


    ■門

    人類が光速での移動技術を確立し宇宙中に散らばって文明を構築した未来。
    量子テレポーテーション普及の「3つの飛躍」はよくシミュレーションされてて面白かった。
    文明がここまで広がったとき、お互いの文明圏がどうなるか、というのもなるほどと思った。

    敵の艦長に惚れてしまう主人公の心理描写は若干雑だったか。
    また、敵の艦長と大姉が同一人物、というオチもすぐに予想できてしまった。

  • 突然の訃報にショックと喪失感があまりに大きい。
    ここ10年ほど新刊を追っていた作家なので、過去作を読んで思い出に浸る。

    やっぱり"海を見る人"は切なさ抜群で美しい、著作の中でもかなり好き。

  • 先端物理学をモチーフにしたハードSF連作短篇集ということで、好みが分かれると思いますが、個人的には大変好みです。
    自分は先端物理学を本でちょっと読み齧った程度なので、節々分からないところもあったのですが、それでもファンタジーとして充分楽しめました。
    量子論や重力理論や諸々の、摩訶不思議な世界。
    ガモフの「不思議の国のトムキンス」を彷彿とさせる面白さです。
    特に表題作の「海を見る人」が好きです。
    相対性理論と事象の地平線の描写が逸品で、なんとなくユーモラスで、そして、切ない・・・

  • SFって面白い~~ と久しぶりにわくわくした短編集。これが2000年以降のSFか、とようやくモヤモヤが晴れた。
    作者がハードSFファンは電卓片手に読んでもらいたい、という本格ながら、文系エンタメ頭でもSFマインドを存分に楽しめる。
    浮遊感のある世界がファンタジックな『時計の中のレンズ』、
    スペースオペラの画がうかぶ『独裁者の掟』、
    のちにラノべ風続編になる『天獄と地国』、
    SFミステリ『キャッシュ』、
    ブラックなパロディの効いた『母と子と渦を旋る冒険』、
    SF設定の徹底が美しい無慈悲な物語を作り出した『海を見る人』。
    本格SFとして存在し、なお どのジャンル方向にも拡がれるSFの度量を見た気がする。

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著者プロフィール

1962年京都府生まれ。大阪大学大学院修了。95年「玩具修理者」で第2回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞し、デビュー。98年「海を見る人」で第10回SFマガジン読者賞国内部門、2014年『アリス殺し』で啓文堂文芸書大賞受賞。その他、『大きな森の小さな密室』『密室・殺人』『肉食屋敷』『ウルトラマンF』『失われた過去と未来の犯罪』『人外サーカス』など著書多数。

「2023年 『人獣細工』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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