- Amazon.co.jp ・電子書籍 (202ページ)
感想・レビュー・書評
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占領下の日本で吉田茂の側近として活躍した白洲次郎の人生を描いた評伝。
下巻はGHQ民政局との戦いや通商産業省創設、晩年までが書かれています。
日本の独立復興に命がけで働き、形が出来上がったらサッと身を引く。白洲次郎の確固たる哲学に、人間としてこうあらねばと強く感じます。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
本人はそう呼ばれることは不本意だったろうけど、吉田茂の側近として戦後日本の復興を支えていく。政治家でも実業家でもないのにそのどちらにも大きな影響を及ぼしていく生き方は「白洲次郎」としか言えない感じ。。見た目もかっこよすぎるオジサマだけど生き方もかっこいいわー。戦後の有象無象な中だから、こういう、立場のはっきりしない人が大太刀回りをしてくれるのは大将も心強かったのではと思う。いつか大河ドラマで取り上げたら面白そうな人物だと思う。鶴川暮らしも気になるので、そちらは正子さんの著作にて楽しみます。
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学校の歴史の授業では、近現代に至るあたりで学期が終わってしまい、そのため学期末の試験などでもあまり触れられない内容なのではないでしょうか。しかし現代の日本を知る上では、この時代の話を抜きにしては語れないはずです。この時代の話は、歴史上重要性が高いはずだと常々感じていました。
本書では、占領中の日本でGHQに抵抗らしい抵抗をした、吉田茂と白洲次郎の活躍ぶりが描かれています。それを今の政治家と比べると異質なものを比べているような感覚を覚えます。同じ職業とは思えません。
米軍基地を除いた日本の独立の可能性があった反面、朝鮮半島のように東西に分断された可能性があったこと、警察予備隊の設置の意味など教科書には掲載されないことを知識として知ることもでき、当時の日本を取り巻く情勢の複雑さの一部を理解することができました。
裏方に徹し、吉田茂を支え続けた白洲次郎のプリンシプルに触れることができます。 -
白洲次郎の名前は、これまで聞いてはいたが、この本を読むまでは、詳細は知らなかった。むしろ妻の白洲正子の方が有名かも知れない。
「名建築で昼食を」というTV番組があり、その中で旧鶴川村(現町田市)の茅葺農家を改造した「旧白洲邸(武相荘:ぶあいそう)」が取り上げられた。そこを訪れた時に、偶然この本を買ったのがきっかけである。
白洲次郎は、政治家でも、官僚でもないのに吉田茂の懐刀として、終戦直後の混乱期にGHQとの交渉窓口となり、「従順ならざる唯一の日本人」として本国に打電されるなどのエピソードには事欠かない。
またサライ等の雑誌で特集され、NHKのドラマで何度も放映される等、筋を通した生き方や英国流のダンディリズム(ケンブリッジに9年間留学)と言った魅力で、それなりに人気があるようだ。(もっとも吉田茂と同じで、死後評価が上がったという意見もある)
本書は、白洲次郎の評伝として、山本七平賞受賞を受賞しているだけあって、テンポよく読みやすく、生身の白洲を見ているようなリアル感がある。
もっとも白洲次郎に関する一次資料は、ほとんど現存しておらず、実像としての次郎は謎が多い人物であり、関連本だけでなく、生存者へのインタビューなども交えて、白洲に迫ろうとした著者の苦労が想像される。
本書は、白洲の幼少期から始まっているが、圧巻は、吉田茂に抜擢されて、敗戦後のGHQとの交渉窓口となったことである。この時に憲法改正問題があり、GHQ民生局の理想主義的な若手弁護士達が一週間で作り上げたと言われる現憲法の素案を巡ってのやりとりである。白洲は憲法学者でもないので、裏方というか側面援助しかできないのだが、民生局の陰湿な手口で煮え湯を飲まされている。外務省に保存されている「白洲手記」に「・・・(略)・・・『今にみていろ』ト云フ気持抑ヘ切レス。ヒソカニ涙ス」と記されているという。また「日本は戦争に負けたが、アメリカの奴隷になったわけではない」等の名セリフを残している。
その後、白洲は商工省を改組し貿易に重点をおいた通商産業を設立したり、サンフランシスコ平和条約の全権団顧問、公社民営化(専売公社・九電力分割)などに関わったが、吉田退陣後は、政治とは縁を切り、実業界に戻った。
敗戦直後の暗い時代にこんな気骨のある男がいたというのは、一服の清涼剤である。