ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記―(新潮文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 統合失調症の当事者が書いた手記というので、amazonのレビューもよく、気になったので購読した。

    驚いたのは、文章がかなり上手いこと。並の健常者よりレベルが高い。自費出版から文庫化とのことで、編集による手直しもほとんどないだろう。

    解説で岩波明医師も書いているが、統合失調症の典型的な症状に知能の減退があり、多くはこんなにしっかりとした文章は書けない。

    岩波氏の見立てでは著者は統合失調症の典型的なタイプとは違い双極性障害に近い位置にあるのではないかとのこと。もう一方で、中学生のときアメリカにホームステイしたり、さしたる苦労もなく早稲田に入ったりしているところから、もともとかなり頭のいい人だったのではないかという気もする。

    統合失調症は100人に1人発症するといわれる案外多い病気であるため、様々な人が罹患する。なかには相当頭のいい人もいて、この本の著者もそうであるし、数学者のジョン・ナッシュ氏はノーベル賞を受賞するほどだ。

    著者は2011年時点で障害年金によりグループホームで暮らし、デイケアに通っているという。服薬を続けていてもう過去のような激しい症状に至ることはないとのこと。

    しかし、この本を読むと、著者がやはり、独特の信念体系を築いていることが分かる。岡田尊司氏の『統合失調症』で、幻覚などの症状は薬で抑えることが可能だが、認知機能の障害はなかなか消えないと書いているが、この著者にもそれが当てはまるのかな、と思う。これは、本人の人生が相応に充実していれば、他者がどうこういうべきものではないのかもしれない。

    岡田氏の本によると、統合失調症の因子は誰もが持っていて、それをたまたま多く集めてしまった人が発症しやすい遺伝的特質を持つ人となる、とのこと。その因子は人の創造的な精神活動にも影響を与えている可能性があり、全て取り除いたら人の世界はつまらなくなるかもしれないという。

    精神障害を自分とは断絶した存在とみなすのではなく、自分とは地続きと考え、不当な差別などはやめましょうという結論がまず導ける。

    また、明らかな病気の状態に至る人は氷山の一角で、社会生活は問題なく営めるが、奇妙な信念体系をいだいてしまう人というのは、おそらくかなりの割合でいるのではないかということも推測される。人の考えの多様性を理解すべきだし、人はなにもかも合理的に考え、行動するとはかぎらないと認識すべきだとも考えられる。

    精神疾患の話はここまでとして。

    著者がアニメ関係者とはamazonの紹介文にあったが、序文とあとがきを望月智充氏が書いていたので驚いた。早稲田と亜細亜堂の後輩できわめて親しい間柄だという。

    著者は病気のため3年程度しかアニメ業界にかかわっていなかったが、その間に手がけた作品や、その他言及されるアニメ作品が、なじみの深い作品ばかりで、読んでいて懐かしさにくるおしくなる思いだった。

    特に『おねがい!サミアどん』の絵コンテを10本ほど書いたというのが印象深い。これは私はとても好きな作品なので、意外なところで関係者の文章に触れることができた。wikipediaを確認すると、確かに演出で著者の名前が挙がっている。

    他に『タッチ』や『燃える!お兄さん』や『きまぐれオレンジロード』なども演出しているとのこと。

    精神障害に関する当事者からの貴重な情報発信であるとともに、懐かしいアニメの話題に濃密に触れることができる、すごい本だった。

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