ライオンのおやつ [Kindle]

著者 :
  • ポプラ社
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感想・レビュー・書評

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  • ○ あなたは人生最後の”食事”に何を食べたいですか?

    さて、どうしましょう。中トロ、大トロづくしのお寿司が食べたい!とか、A-5ランクの松坂牛のステーキの分厚いのを食べたい!とか、なんだか考えだすと止まらなくなりそうです。最後なんだから!どれどけ贅沢しても構わない!と欲張りな発想がついつい前面に出てしまいます。では、

    ○ あなたは人生最後の”おやつ”に何を食べたいですか?

    これはどうでしょうか?えっ?と一瞬、固まってしまったそんなあなたの姿が目に浮かぶようです。そんな答えに『ホットケーキを食べたい』と語る小川糸さん。おばあちゃんが『人生初のケーキと名のつくものを焼いてくれた、その時の喜びが印象に残っている』と語ります。『おやつの場面は、きっと幸せや喜びと結びついている、その記憶を掘り起こすことが、自分の人生が幸せだったんだな、と気づけるきっかけになる』と続ける小川さん。確かに”おやつ”を食べるという場面は日常の中でも特別な時間だと思います。食事は義務的に食べることがあっても、”おやつ”をそんな風に食べる人はいません。そんな幸せや喜びの時間の象徴とも言える”おやつ”を書名に冠したこの作品。それは、『ライオンの家』という名の終末期医療施設『ホスピス』に入所した人たちがとても大切にしてきた”おやつ”に光を当てていく物語です。

    『海野雫様 前略、ごめんくださいませ。 先日は、わざわざお電話をいただいたそうで、ありがとうございました』という手紙を受け取った主人公の雫(しずく)。『その後、ご体調の方はいかがでしょうか。十二月二十五日にご到着されるとのこと、承知いたしました』と続くその手紙の最後には『ライオンの家 代表 マドンナより』と書かれていました。そして『船の窓から空を見上げると、飛行機が、青空に一本、真っ白い線を引いている』のを見て『私はもう、あんな風に空を飛んで、どこかへ旅することはできないんだなぁ』と感じる雫。『担当医から、自分の人生に残された時間というものを告げられた時』に他人事のようにしか思えなかったという雫は父のことを思い出します。『何を話したのかは、覚えていない』と五年くらい前に会ったきりの父。『父とはいえ、戸籍の上では叔父さん』というその訳ありな関係。『住んでいたアパートを解約したことも、これからライオンの家で人生最後の日々を過ごすことになることも』知らせていないという父。そして『遠くに見えていた島影が、いつの間にか近づいている』という光景を見る雫。『たくさんの国産レモンが栽培されていた』から『レモン島』と呼ばれる瀬戸内海の小島へと『船は、速度を落としながらゆっくりと桟橋に近づき、やがて停止した』と目的地に到着した雫。そんな船着場には『マドンナが待ってい』ました。『もっと若い人を想像していたけれど、ふたつに分けて編んだお下げの七割は白髪』というマドンナ。『はじめまして、お世話になります』とお辞儀する雫に、『ようこそ、遠路はるばる、ライオンの家へいらっしゃいました』と更に深く頭を下げるマドンナ。『メリークリスマス』と続けるマドンナの目は『優しく微笑んで三日月の形になってい』ました。マドンナの三輪自転車で『ライオンの家』に向かう二人。『視界のどこかに、必ず海が見える。そのことが、私の心をほぐしてくれるような気がした』という雫。『終の住処、とよく言うけれど、ここは私にとっての、終の島ということになる』と認識する雫。そして、それを『悪くないのかもしれない』と風に吹かれながら思う雫。そんな雫が『ライオンの家』で過ごす最後の日々の穏やかな生活が描かれていきます。

    瀬戸内海に浮かぶレモン島に設けられた『ライオンの家』というホスピスを舞台に描かれるこの作品。”主に末期癌患者に対して、緩和治療や終末期医療を提供する施設”として、日本でもその存在が注目を浴びるようになって久しいホスピス。しかし、身近にお世話になる人が現れない限り、なかなかその存在を意識することはありません。この作品では、『ステージIV』と進行した癌に侵された主人公・雫が『海を見ながらゆっくりと休みたい。チューブに繋がれず、ぐっすりと眠りたかった』と願い、そんなホスピス『ライオンの家』で、最後の日々を過ごす姿が描かれていきます。『ライオンの家』では、『毎週、日曜日の午後三時』からお茶会が開かれ、『もう一度食べたい思い出のおやつをリクエストすることが』できます。『どんな味だったか、どんな形だったか、どんな場面で食べたのか、思い出をありのままに』書いて提出し、マドンナが『厳正なる抽選で決める』というその”おやつ”。食の風景と言えば小川さん。その真骨頂は、そんな”おやつ”の場面でも存分に発揮されていきます。魅力的な”おやつ”がたくさん登場しますが、そんな中から『豆花』という台湾のお菓子のシーンを取り上げたいと思います。『豆の花と書いて、トウファと読む、豆乳を使ったデザート』という豆花。『夏は冷やして、冬は温かくして食べるそうですので、今日は温かくし、ピーナツスープをかけてご用意しました』と給仕される豆花。『ほんのり温かくてほんのり甘いゆるゆるの固まりが、ふわりと喉の奥へ流れ込む』という豆花を食べ始めた雫は、『雪みたい』と感じます。『雪の結晶も、手のひらにのせた瞬間、姿を消す』というイメージ同様に『舌にのせた瞬間、ふわーっとどこかに消えてしまう』という豆花。『体があったかくなるように、ピーナツスープには生姜の絞り汁が入ってます』という調理士の舞さんの説明が、雫が感じた雪の寒いイメージをあったかい風景に変えていきます。そんな雫は、『ピーナツをスプーンですくって、口に運』びます。そして『目を閉じて、行ったことはない台湾の町並みを想像』する雫は、豆花をリクエストしたのがタケオさんだと確信します。『器に入った豆花をじっと見つめているだけで、食べようとしない』タケオさん。『きっとタケオさんは今、お母さんやお父さん、兄弟姉妹と会っているのだ』とタケオさんの気持ちを思いやる雫。『タケオさんは、じーっと、まるで懐かしい無声映画を見るような目で、豆花を見つめていた』というその”おやつ”の場面。終末期を過ごす人たちの胸に去来する懐かしい想い出、その想い出の中に幸せや喜びの象徴として存在する”おやつ”。そして目の前に再現された”おやつ”を前にして、そんな幸せな喜びに満ち溢れた時代を思い起こす瞬間。切ない気持ちとあたたかい気持ちが同時に去来する瞬間。小川さんの絶品の食の描写もあって、”おやつ”というものが持つその力をとても感じることができました。

    末期癌の診断を受けた雫。『担当医の見立てが正しいなら、私の命は、梅が咲き、桜が花開く前に燃え尽きるのだ』ともう数ヶ月の命しかないことへの絶望感から自暴自棄になる雫。そんな雫は、ホスピスの存在を知り『毎日海を見られそうなホスピスは、ここひとつだけだった』という理由から『ライオンの家』を選びました。そんな施設に訪れ、マドンナからまず説明を受けたのが『自由に時間を過ごす。これが唯一のルールといえば、ルールかもしれません』ということでした。それを聞いて安心する雫は、『私はもう、ここに来てまで「いい子」を演じるのはやめやう』と考え、施設での生活を始めます。そんな施設には、同じように診断を受けた人たちが、同じように最後の日々を過ごしていました。『死』への恐怖、『死ぬ』ということへの不安との闘いの日々を送る雫。そんな雫はレモン島の美しい自然と出会い、個性あふれる人たちと出会う中で『今というこの瞬間に集中していれば、過去のことでくよくよ悩むことも、未来のことに心配を巡らせることもなくなる。私の人生には、「今」しか存在しなくなる。だから、今が幸せなら、それでいい』という諦観とも言える気持ちに導かれていきました。そして『私の人生はまだ終わっていない』と『今』を大切に、『今』を力強く、そして『今』を悔いなく生きていく雫。そんな雫の姿を見て、ホスピスというものは、死を前にした人たちがその終わりの瞬間をただ待つ場などではなく、最後の最後まで、その人がその人らしく生きていく、そしてどう生きるかを考えていく、そのための場所なんだ、ということを強く感じました。

    私たちは日々忙しい暮らしの中で、明日というものが当たり前に訪れる前提で物事を考えています。明日やればいい、また今度にしよう、そんな風に考えることがよくあります。でも、それは実は決して当たり前のことなどではなく、『明日以降が来ることを当たり前に信じられることは、本当はとても幸せなこと』だということ、この作品に出会って、私はそのことに、気づかされました。『私の人生のレールは、着々と死に向かって進んでいる。私はその事実を、人よりも少しだけ早く知ったに過ぎない』という主人公・雫。そんな雫がその最後の日々で見せた人生の輝き。

    『一日、一日を、ちゃんと生き切ること。最後まで人生を味わい尽くすこと』。

    とても重いテーマを”おやつ”という身近なものを象徴的に絡ませながら見事に描き切った小川さんの傑作。涙が止まらないその結末に、人のあたたかさと、生きるということの喜びを心から感じた絶品でした。

    小川さん、胸いっぱいの感動をありがとうございました!

  • 余命を告げられた雫は、残りの日々を瀬戸内の島のホスピスで過ごすことに決めた。
    そこでは毎週日曜日、入居者がもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があった―。毎日をもっと大切にしたくなる物語。


    読む本が無くなってしまい、会社の人に
    「何か何でもいいので貸してください!!」
    と無理を言って貸して頂いた本。

    命についてじっくり考えさせられるような本。

    享年33歳。雫が瀬戸内の島のホスピスで暮らしはじめるところから物語は始まる。

    小川先生の本は、とにかく食べ物が魅力的。
    ここでもそれは十二分に・・・
    読んでいてお腹がぐぅ~と鳴ってしまうほど。

    切ないのに温かい、悲しいのに、どこかほっこり。
    そんな優しい気持ちになれる本でした。
    良書でございます!

  • 人生の最後という重い題材の中に、命の儚さ、尊さを再認識させられる。しかしながら、テンポを含めて終始明るい。死とは…という最大のテーマに対して、登場人物による様々な捉え方は勉強になるし、これからの生き方を見直すことが出来るくらい素晴らしい作品でした。

  • 「思いっきり不幸を吸い込んで、吐く息を感謝に変えれば、あなたの人生はやがて光り輝くことでしょう」
    生きること、死ぬこと、思い通りになることの方が少ないけれど、たとえ実感はなくても自分を支えてくれてる人に感謝ができる人生を送りたい。「人は生きている限り、変わるチャンスがある。」素直な気持ちの生き方ができるよう素直に反省できる自分になりたい。そして、「いきることは、誰かの光になること。」そうなれたら、あるいは、満ち足りた一生だったと思えるのでしょうか。ラストのエピローグのような文の中に、葡萄畑でのお父さんと雫のシーンがありますが、雫の気持ちを思うと、涙が出そうになりました。ちょっと苦しいお話しでしたが、救いと希望の物語でした。よかった。

  • 若くして癌に見舞われ1人静かな瀬戸内の島のホスビスに入った女性の暮らしと思いが綴られて行く穏やかな流れが小川糸さんらしい。
    惜しむらくは終盤 彼女が逝ったあとの部分が必要性を殺いだ感じを受けたこと。
    そこまでは満点の作品だっただけに少し残念でした。しかしよく出来た佳作ですね。

  • あと数ヶ月と余命宣告された30前半の女性が、終の住処に選んだのがライオンの家というホスピス。
    そこでの一つ一つの出来事と主人公の想いに、静かに涙が流れました。
    段々と弱っていく主人公や父親への想い、六花への依存など、切ないです。
    優しい話だけれども、感情移入しやすいのでちょっと辛かった。

  • 33歳で人生の最後を見据え、素敵な島の素敵なホスピスへ入居した雫という女性。
    彼女の人生の締めくくり方を描いたストーリー。
    誰もがこんなとこで最期を迎えたいなぁと思ってしまう「ライオンの家」。

    近い未来死を迎える人たちが、毎日ライオンのようにしたいことをして暮らす家。
    小川糸さんの美味しい食べ物たちの美しい描写が入居者たちの生活を彩る。

    死への恐怖が和らぐ本。

  • 余命なんとかという話は避けている。
    なんか、ね。
    友人にプレゼントされて、きれいなな表紙だなあ
    とだけで読み始めた。
    えっ、これ、ダメ!
    すごい切迫した話!
    描写が丁寧でやわらかく引きこまれる。
    あー小川糸さんだ……
    涙腺がつまってきて涙なんて出なくなっている今
    気づくと頬がべちゃべちゃに濡れていた。
    家でよかったあ。
    読んでよかったあ。

    ≪ 死ぬときは 安らかですか?今生きる ≫

  • 終始、穏やかで優しい文章が心を癒してくれる作品。
    社会で生きていくうえで、ストレスに耐えるため縛りつけ、閉ざしていた心を解きほぐし優しい言葉をかけてくれるような救いを感じ涙がとまらなかった。

  • 表題通りの想像で、手に取りました。あらま、まったく思いのほかでした。
    雫ちゃんの気持ちに寄り添いながら、このホスピスに・・・・
    なんかいろいろ考えました‥‥すごく近くある(と思われる)自分の死についても。
    そうね、心の持ちようで‥(とても難しいことだけれど‥)こんな風に逝けるかも

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著者プロフィール

作家。デビュー作『食堂かたつむり』が、大ベストセラーとなる。その他に、『喋々喃々』『にじいろガーデン』『サーカスの夜に』『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』『ミ・ト・ン』『ライオンのおやつ』『とわの庭』など著書多数。

「2023年 『昨日のパスタ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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