雲 (海外文学セレクション) [Kindle]

  • 東京創元社
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  • 何らかの手段を用いて雲の中に突っ込んでいくとする。それが遠目には大理石と同じくらいくっきりとして質量を持つように見えたとしても、近づけば乱気流と水蒸気の寄せ集めであって、「ここ」からは雲という明確な区分はその辺縁を幾ら往復しても存在しない。

    言葉とは、現実から抽出した意味を駆使して「それ」を説明するためにある。だからあらゆるものには、荒地を埋め尽くす雑草や、死体から生成されるが如く孵化する蝿のように、否応なく物語が蓄積していく。

    旅人とは、移ろうもの・定住しない者であり、つまり「そこ」に対して常に客観な視点をもたらす。と、期待される。ある出来事が起きたとき、それを数多の旅の経験に並列させ、観照的に、相対化することで、何か解釈が、意味が、こう言ってよければ物語が生まれうるのではなかろうかと。

    おそらく、この小説がこんなにも面白いのは、これだけ「現代に生きて何一つ不思議なことがない」という顔をした人間が、どれだけ無意識に物語を生産し、代謝し、依拠しているかを、ただただ一人の男を通して目撃し、記憶し、叙述するだけで著すことに成功しているからではないか。

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