直前に別作家の女性刑事ものを読んでいて、本書が未読のままだったことを思い出した。
前2作を読んで期待値は下がっていたのだが、3部作の最終刊を読まないまま放り出すのもなんだか居心地が悪かったので、もしかすると少しは上手くなっているかもしれないと自分を励まして読んでみたが、やっぱり酷かった。
最初から批判的な目線で読んだこともあるが、本作は出版するレベルにはないと思った。
一読して、それなりに読めたような気はしたが、何かしっくりこなかった。
もう一度読み直してみると、やはり納得できないことが多すぎた。
すべてがバラバラなのだ。動機も行動も矛盾だらけで、まったく説得力が無く、整合性もとれていない。
女性刑事が主人公であり、事件を解明しようと動き回っているのだが、ミステリーともサスペンスとも言いがたい。
おそらくはプロットも作っていないのだろう。
初期設定だけ決めて書き始め、思いつくままにときおり伏線っぽいエピソードを書き加え、各シーンをつないで原稿枚数を稼ぎ、文庫1冊分になったところで適当に辻褄をあわせようとした、そんな風に思える。
編集者が仕事をしているとも思えない。まともにチェックしていれば、こんな穴だらけの物語が「警察小説」として出版されることはありえない。プロットの提出があったらボツにするべきものだ。
――解体中のビルで男の首吊り死体が発見され、5年前に強制わいせつ致傷罪で懲戒免職となり、数日前に出所したばかりの元警察官であることが判明する。自殺と思われたが、荻窪東署の刑事・椎名真帆は現場の状況に疑問を持ち捜査を開始する――
◆◆◆ 以下、完全ネタバレで不満を述べたい。◆◆◆
主人公の女性刑事からみたメインストーリーに、警視庁に栄転したイケメン同期が副総監から依頼された調査のサブストーリーが挟み込まれる。
視点を交互に切り替えながら一見テンポ良く物語は進んでゆくが、澱のようにもどかしさ・苛立たしさが積もってゆく。
発見された首吊り遺体は鑑識から自殺と判断されるが、終盤における犯人の回想からすれば、その腹部には気を失うほどの打撲痕があるはずであり、これを鑑識が見逃すことはありえない。
主人公が最初に疑義を抱いたのは台風が近づいて土砂降りであるにもかかわらず傘も持っていなかった遺体がほとんど濡れていなかったことだったが、5年近く服役して出所したばかりの男が解体工事現場でブランド物のシャツで首吊りしているにもかかわらずその不自然さに言及していない。このシャツは直近の春に出た限定商品であることが終盤で説明されている。そもそも、ろくに遺留品もない身元不明の遺体であるならば、まずは着衣に注目するのが必然だろう。
自殺に偽装された元警察官は、彼を殺した犯人と強制わいせつの被害者とされた女性との共謀により冤罪を着せられたものだが、女性からの公用携帯電話への通話で呼び出されているのに、この通話記録が抹消されている。犯人の父が検察の大物OBだからといってそんな簡単に通話記録を抹消できるものではなく、リアリティに欠ける。
強制わいせつ事件裁判の第二審において検察は、女性の下着から採取された元警官の皮膚組織を決定的証拠として提出したとあるが、そんなものがあるのなら第一審で真っ先に提出するべきものだ。これでは、検察と鑑識が組織的に証拠を捏造したことになってしまい、あまりにも荒唐無稽すぎる。
イケメン同期が副総監から依頼されたのは、女性を探し出して副総監の知人である検察大物OBの生前贈与放棄の書類に署名・押印をもらうことだったようだが、個人的関係もないのに副総監が指揮系統を跳び越えて庁内でわざわざ新米に依頼するような内容ではないし、そんなことは民間調査会社に依頼すればすむことで秘密も守られるし、死亡後の相続放棄ならともかくOB自身が望んでもいない「生前贈与」の放棄だなんて一体何をか言わんや。放棄させるまでもなく望んでいないのなら生前贈与しなければいいだけのこと。
書いてみたものの回収もしなかった伏線もどきや、殺人を犯すほどとは思えない動機や、偶然にたよった展開などが延々と続いてゆく。
著者は、実写版パトレイバー等の押井守監督作品に脚本家として参加したのち、2019年から山邑圭名義で本シリーズを執筆している。
脚本であれば、監督や演者によって推敲されてゆくし、映像のリアリティで押し通すことが可能かもしれない。
だが、残念ながら本作は、“小説家になろう”に投稿したらボロクソに袋叩きにされてしまうレベルだろう。
もう二度とこの著者の作品は読まないと思うが、もし読むに値する作品を書くことがあるようなら、ぜひとも教えていただきたいと思っている。