まとまらない言葉を生きる [Kindle]

著者 :
  • 柏書房
4.08
  • (7)
  • (0)
  • (4)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 157
感想 : 5
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (206ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  障害者文化論を専門にしている文学者のエッセイ本です。

     著者の先達である脳性マヒ者の方々の言葉が、深みがあって、ウゥムと唸ってしまいます。

     また、日本語には純粋に人を励ます言葉が見当たらないことや、「自己責任」という語についても考察されていて、文学者にも色んなミッションの方がいて、著者はそういった見つからない言葉を探すことも自己に課しているように読んでいて感じました。

     ”初鴉「生きるに遠慮が要るものか」”
    この花田春兆さんの言葉が特に刺さりましたね!

  • 荒井裕樹さんの本は、読むと次が読みたくなる。

    言葉に対する丁寧な扱い・・・いや、言葉にとどまらず、世の中のなんとなくスルーしてる出来事にも一つ一つ丁寧に向き合おうとする姿に好感を持たずにいられない。
    主張していることも、決して突飛ではなく、とても当たり前のことだと改めて思う。

    いつも気付かせてもらうことが多いのだが、今回は「精神病・・・心の病を治す必要があるのか」という一文にハッとさせられた。
    私は病気を悪と思っていないのだけれど、それは精神病にも言えることなのだと。

    印象が強かったのは花田春兆さんの数々の言葉。
    ただ文中にもあるが、それらの言葉を紡ぎ出す背景を想像すると心が苦しくなる。

    文章とは関係ないが、各章の扉に人が穴を掘っている挿絵が描かれていて、読み進めていくうちにだんだん穴が深くなっていき、最後がどうなるのか、ものすごく気になった。
    そして心温まる結末。

    最後に残念に思ったことを一つ。
    誤植がいくつかあり(私は本を作る裏側をまったく知らない素人なので見当違いかもしれないが)、この本を世に送り出すという熱意のようなものがすっぽり抜け落ちた感じがして、なんだか興ざめしてしまった。

  • SNS利用の広がりなどによって、マイノリティや、困難に直面している人に対して「苦しさを吐かせないようにする」ようなコミュニケーションや言説が多くなってきていることに対して、「それでいいのだろうか?」ということを柔らかに、でもはっきりと問いかけるエッセイ。
    マイノリティに対する心ない言葉や、個人を取り巻く課題に対しての自己責任論などについて、論拠をもって反論したくなることも多いが、まずその手前での心持ちのありかたみたいなものを、自分の中で立ち止まって考えることの大切さを感じた。

  • ・リブという運動は、喩えるなら「すり減った自尊心を抱きしめて、もうこれ以上『わたし』を失いたくないと叫ぶこと」かもしれない。
     自分の叫びが誰かの怒りになったり、誰かの叫びが自分の怒りになったりしたら、それはもう「リブ的なもの」が芽生えているように思う。2010年代後半に盛り上がった「#Me Too」運動を見ていて、ぼくはヒシヒシと「リブ的なもの」を感じた。
    「叫び」というのは不思議だ。実際に声を出すのは一人ひとり。でも人は独りじゃ叫べない。一人がやるけど、独りじゃできない。そうした「叫び」が、世の中を変えていくのだろう。

    ・「隣近所」という言葉には、生々しい生活実感がある。「地域」には、その生々しさがない。ほどよく生々しくないから行政文書でも使いやすいのだろう。でも、横田さんたちが求めてきたのは「書類に書きやすい地域」なんかじゃなかった。
     横田さんの目には、この言葉のハードルがずいぶんと下がってきているように見えたのかも知れない。でも、このハードルを下げてしまうと、「地域」という言葉が、「実際には住み分けているけど、あたかも共生しているかのような印象を与えるマジックワード」になりかねない。
     横田さんが言った「空々しい」というのは、そのあたりを見抜いた感覚だったんじゃないかと思う。横田さんは詩人でもあったから、言葉にはとても敏感だった。

    ・そういえば、文学者の仕事って何だろう・・・・・。
    「文学者の仕事を言葉にするのは、文学者にとってもむずかしいのだ」なんてことを言っていても仕方がないので、がんばって説明してみよう。

     「文学者がやるべきこと」はたくさんあるけど、そのひとつに「『ない言葉』を探すこと」があると思う。
     第二話で、ぼくたちは「励ますための言葉」を持っていないという話を書いたけど、この社会には「あったら良いはずの言葉がない」ということがある。そうした言葉を見つけて社会の在り方を問い直すことも、文学者の大事な仕事だと思う。
     今回は、そうした点について考えてみたい。

    ・日本語には、何かを自分よりも「上」に置いて、ありがたがったり、優遇したり、うやうやしく扱ったり,丁重に遇したりする語彙は多い。「尊重」もそのひとつだ。
     だからだろうか、例えば「子どもの人権を尊重する」という話になったとき、教育関係者からも「子どもを甘やかすと大人の言うことを聞かなくなる」とか「子どもを叱るな、というのは無理なんです」なんて言葉が返ってくることがある。
     つまり、「子どもの人権を尊重する」という言葉が、子どもを「チヤホヤする」とか「甘やかす」といった浅いレベルで捉えられてしまったり、「人権とは、社会から尊重される人だけが持てるもの(だから子どもにはまだ早い!)と誤解されてしまったりする。
     別に、子どもを「甘やかす」わけでも、「チヤホヤする」わけでも「叱らない」わけでもない。たとえ親だろうが、教師だろうが、国だろうが、社会だろうが、大臣だろうが、子どもに対して「絶対に侵害してはならない一線」があるはずで、それを大事にしようというのが本来の「人権」なんだと思う。
     でも、日本語には「絶対に侵害してはならない一線を守りましょう」という意味合いの言葉がほとんどない。例えば「子どもの人権を○○する」という一文を考えたとき、この○○にズバリとあてはまる言葉が(こんなこと書いているぼくにも)思いつかない。
     だから、子どもに対して「一線を守る」ということが具体的にどういうことなのか、パッとイメージが浮かばない。
     「社会の中に言葉がない」というのは、こういうことなのだろう。

    ・ぼくが好きなのは、「就労継続支援B型事業所ハーモニー」(東京都世田谷区)が作っている『幻聴妄想かるた』シリーズ。
     精神疾患の中には幻覚や妄想を伴うものがある。かつて精神科医療の現場では、「患者は幻覚や妄想を口にすべきでない」なんて言われていた。でも、これはその幻覚と妄想をかるたにして、みんなで楽しめるようにしてしまったもの。
     ときどき引っ張り出して眺めると、「人はそれぞれ違う現実を生きている」と再確認できる。

     布団めくるとブラックホール 気づくと土星にいるって、信じられる?(「ふ」の札)

     でもね、精神科で悟りの話をすると入院になるんですよ(「て」の札)

     こうした札を読んでいると、「自分が見ている現実こそが『普通』で『正常』なものだ」なんて言うことが、とても傲慢に思えてくる。
     そして、こんな疑問が浮かんでくる。
     そもそも「心の病」って何なのだろう?
     それは治さなきゃいけないものなのだろうか?

    ・自分が悩み、もだえながら考えていることを、相手の興味関心に収まるように、相手の想像力の範囲内に収まるように、切り詰めて、スケールダウンして書く―――それがどれだけつらいことか、果たしてわかってもらえるだろうか。
     それとも、もうこの時代、ペン先に描き手の葛藤や苦悶を織り込むような文章は求められていないのだろうか。だとしたら、そんな時代に背を向けて、「評価されない」ことを誇りにさえ思いたい。

    ・もともと、ぼくは自己肯定感(この言葉も「?」という感じだけれど)が低くて、「正しく立派で役立つ存在でありたい」という願望が強い。でも「~でありたい」という願望は、同じ歯車で「未完成の自分」という引け目や焦燥感をかき立てて、「~であらねばならぬ」と我が身にムチを打ってくる。
     でも、その「正しい」「立派」「役に立つ」といった価値観自体、誰が作ったものなんだろう。これを追い求めて、本当に幸せになれるのだろうか。障碍者運動家たちから、そうした「疑う感覚」を学んだように思う。

全5件中 1 - 5件を表示

著者プロフィール

荒井 裕樹(あらい・ゆうき):1980年東京都生まれ。二松學舍大学文学部准教授。専門は障害者文化論、日本近現代文学。東京大学大学院人文社会系研究科修了。博士(文学)。著書に『隔離の文学──ハンセン病療養所の自己表現史』(書肆アルス)、『障害と文学──「しののめ」から「青い芝の会」へ』(現代書館)、『障害者差別を問いなおす』(ちくま新書)、『車椅子の横に立つ人──障害から見つめる「生きにくさ」』(青土社)、『まとまらない言葉を生きる』(柏書房)、『凜として灯る』(現代書館)、『障害者ってだれのこと?──「わからない」からはじめよう』(平凡社)などがある。2022年、「第15回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。

「2023年 『生きていく絵 アートが人を〈癒す〉とき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

荒井裕樹の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ミヒャエル・エン...
エラ・フランシス...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×