三千円の使いかた (中公文庫) [Kindle]

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  • 中央公論新社
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  • あなたは『三千円』があったら何に使うでしょうか?

    2020年の春から私たちの生活に大きな影響を及ぼしているコロナ禍。外食もままならなくなっていたそんな辛い時代も少し落ち着きを見せた2021年秋、かつて一か月に複数回訪れていたあるレストランへ家族と訪れた私は卓上のメニューを見て一瞬固まりました。2,980円で食べ放題が気に入っていたそのレストラン、しかし、そこに私が見たのは3,280円で食べ放題という値段でした。えっ、『三千円』で食べられないの?

    人によってお金の価値というものは当然に異なります。しかし、そんな中でも『三千円』という金額は微妙です。千円でなく『三千円』、五千円でなく『三千円』というその金額は贅沢している罪悪感から逃れられる一方で、それでいてそれなりに満足感を買うことのできる絶妙な金額だと思います。

    しかし、そんな絶妙な金額であってもそれを十人に渡せば十通り、百人に渡せば百通りの使い方がそこには存在します。姉妹であっても『美帆はマックと本、真帆はピンクの財布』というようにその使い道は異なります。そこには、たとえ『三千円』という金額であっても『二人の性格がよく出ているじゃないか』と、その使い道の先にその人その人の価値観が垣間見えるものなのかもしれません。

    ここにそんな『三千円』というお金の使い方を考える物語があります。姉妹のお金の使い方の違いを『それは、本が好きっていうのと、かわいいものが好きってことで、性格とは違う』と思ってきた主人公。そんな主人公は『確かに、お金の使い方は人を表すのかもしれない』と人生を生きる中で気づいていきます。そう、この作品はそんな主人公たちが『お金や節約』というものを考える中で、そこに人生が形作られていくことに気づく物語です。
    
    『人は三千円の使い方で人生が決まるよ』と、祖母が言うのを聞いて『人生が決まるってどういう意味?』と訊き返すのはこの短編の主人公の御厨美帆(みくりや みほ)。『言葉どおりの意味だよ… 三千円ですることが結局、人生を形作っていく』と説明する祖母は『例えば、その本はいつ買ったの?』と逆に質問をします。お年玉で買ったことを伝えると『姉ちゃんは今年のお年玉、何に使ったんだろうね』と同額をもらった姉のことを話題にする祖母。『美帆はマックと本、真帆はピンクの財布』とそれぞれの使い道を思う美帆に、『二人の性格がよく出ている』と言う祖母。そして、そんな幼い頃の祖母との会話を『突然、思い出した』という24歳になった今の美帆は買い物をしながら『お金の使い方は人を表すのかもしれない』と思います。『大学を無事卒業して』『IT関連会社』で働き出した美帆は、『昔からの夢だった』一人暮らしを、実家のある十条から離れて『東京の南側』にある祐天寺で始めました。『管理費込みで九万八千円』という家賃を『少し高い』と思うものの『今の人生にかなり満足して』いる美帆。そんな美帆は『新入社員だった美帆の教育係だった』小田街絵が『クビにな』ったことにショックを受けます。『軽い脳梗塞で倒れ』リハビリを続けながら働いていた街絵を襲ったリストラ。そんな美帆は、『実家にはいづらくて』年明け早々に戻った自宅マンションの周りを散歩します。そんな時、『保護された犬猫を育てるボランティアのブース』の横を通りました。『かわいらしさに目が釘付けにな』り、近づいた美帆はスタッフの女性と話をします。『彼らを見て、心が動』き、『自分にも飼えるかも』と思うものの『賃貸マンションなので』という現実に諦めざるを得ませんでした。『美帆も子供の頃、ミニチュアダックスを飼っていた』という過去を思い出し、行方不明になってしまったことを未だ後悔する美帆は、『保護犬を引き取』ることは『美帆の新しい生きがい、生きる目標になるような気がし』ます。そして、『ペット可能なマンションや一軒家を買う』ことを思い立った美帆。そんな目標を姉の真帆に話すと、『じゃあ、一千万は貯めないとね』と言われます。『美帆はいったい、いくらあるのよ、貯金』と訊かれ『…三十万…くらい』と答えると『え⁉︎それだけ?… じゃあ、根本的な改革が必要ね』と言われた美帆。そんな美帆が、このことをきっかけに『お金や節約』に目を向けていく物語が始まりました…という表題作の最初の短編〈三千円の使い方〉。作品の冒頭を飾る短編として、この作品の考え方を示してくれる好編でした。

    『人は三千円の使い方で人生が決まるよ』と祖母の琴子が語る一つの言葉から始まるこの作品。『三千円ですることが結局、人生を形作っていく』という言葉の意味が作品全体のテーマをも形作っていきます。そんな作品は六つの短編から構成される連作短編の形式をとっていて、各短編ごとに視点の主が交代しながら、『お金や節約』についてそれぞれの視点の主の属性に合わせた切り口から光を当てていきます。そんな六つの短編の主人公と、テーマとなる切り口を簡単にまとめてみたいと思います。

    ・〈三千円の使い方〉: 御厨美帆(24歳)、IT関連企業勤務。保護された犬の飼育をしたいと思ったことをきっかけに『実は、節約しようと思っている』と、お金を貯めることを考え出します。

    ・〈七十三歳のハローワーク〉: 御厨琴子(73歳)、美帆の祖母、無職。あることがきっかけで、『まだ、自分もお金を稼ぐことができる』と気づき、『働きたい』という『七十代にしては壮大な夢』に向かって歩み出します。

    ・〈目指せ!貯金一千万!〉: 井戸真帆(29歳)、美帆の姉、専業主婦、夫が消防士、一児の母。友人の小春の婚約の話を聞き、『漠然と子供のために「一千万貯めたい」と思っているけれど、それでいいのだろうか』と今の人生を考え出します。

    ・〈費用対効果〉: 小森安生(40歳)、フリーター、琴子の知り合い。『今お金を使わずに、将来、後悔することはないのか』と思い、『子供なんて、お金も手間もかかる』、『コスパが悪い。費用対効果が最悪だ』という中に人生を考え出します。

    ・〈熟年離婚の経済学〉: 御厨智子(55歳)、美帆の母、専業主婦。病気入院をきっかけに、何もしてくれない夫との老後を考える一方で、『離婚しない方が金銭的には楽なのよ』という現実も考え出します。

    ・〈節約家の人々〉: 御厨美帆(24歳)、IT関連企業勤務。一編目のその後の人生を生きる美帆が『ピーナッツの節約ブログ』を開設し、『そうなのだ。最後は自分なのだ』と、『お金や節約』についての彼女なりの結論を見出していきます。

    六つの短編は20代の美帆と真帆、40歳の小森、55歳の智子を挟んで73歳の琴子まで実に半世紀三世代のそれぞれの年代を生きる主人公たちが、それぞれに『お金と節約』ということに嫌が上にも向き合う姿が描かれていきます。あなたは、『三千円』というお金を手にしたとしたら何に使うことを考えるでしょうか?『三千円』というような少額では、できることは限られていると思う人もいるでしょう。しかし一方で『三千円』という少額だからこそ何も気にせずにサクッと使えると思う人もいるでしょう。さらには、貯金するという人だっているかもしれません。その使い道はそれこそ千差万別です。お金というものに対する考え方はその人次第であり、当然に正解などありはしません。この作品でも隣接する短編で〈目指せ!貯金一千万!〉と、一千万円という額を貯めようとする真帆がいる一方で、〈費用対効果〉の小森は、『今お金を使わずに、将来、後悔することはないのか』という立ち位置をとり、『まとまった金があれば仕事はすぐやめてしまう』という生活を続けています。そんなそれぞれの主人公たちが、それぞれの生き方を信じて生きる一方で、『…だろうか』と、それぞれの人生に迷いを見せる様が描かれていく物語は、上記した幅広い年代の人物を主人公とすることもあって、何かしら読者に引っ掛かりを生んでいきます。それは、私たちの誰もが、人生のゴールはその時になってみなければ知ることができないという現実にも繋がっていきます。『お前の寿命は八十年、死に方はガンだから介護の必要はなし』などと具体的に分かっていれば、それに基づいて人生設計をすれば良いだけのこととも言えます。しかし、実際には当然そんなことはなく、また知ってしまったとしたらそれはそれでXデーに向けて生きた心地のしない毎日を送らざるを得なくもなります。人生とは何とも大変なものです。だからこそ、それぞれがそれぞれに最適だと思う『お金や節約』の方法を考えていく他ないのだと思いますし、それも含めて人生なのだと思います。

    そんな風に考え出すと、なかなかに難しいテーマを取り上げたこの作品。そんな作品の最後には垣谷美雨さんによる〈『他人(ひと)は他人、自分は自分』と、あなたは心の底から割り切れてますか?〉という〈解説〉が用意されています。小説の最後に作者による〈あとがき〉や〈解説〉が書かれていることはよくあります。それらにも当たり外れがあるのは世の常ですが、この垣谷さんの〈解説〉は、”絶品”という次元を超えて、この〈解説〉含めてこの作品という位の存在感を示しています。私にとって原田ひ香さんの小説はこの作品が初めてですが、正直なところこの作品の作者が垣谷美雨さんだと言われても気づける自信がありません。それは、作風というより取り上げるテーマ、そしてそのテーマのさばき方が垣谷さんの作品と同じ地平にあると思えるからです。そんな作品に垣谷さんの〈解説〉の相性が悪いはずがありません。そんな〈解説〉で『お金の使い方には、その人の生き方がギュッと詰まっています』とおっしゃる垣谷さん。”人の個性は千差万別”という言葉はお金の使い方でも言えることだと思います。そうであるが故にこの世には無数の財があり、無数のサービスがあり、そして無数の生き方が存在します。『三千円をどう使うべきか、その追求は、幸福の追求と同義である』と続ける垣谷さんがこの作品の最後におっしゃるこの一言は、読者それぞれが考えていくべき『お金や節約』ということへの向き合い方を示唆してくださっているものなのだと思いました。

    『お金』を貯めるとはどういうことだろう、『節約』をするということはどういうことだろう。そして、そんな『お金や節約』をしながら生きるということはどういうことなのだろう。たかが『三千円』、されど『三千円』、その先にそれぞれの人がこの世に生きること、そして、人生というもののあり方について、ふと考えさせられた、そんな作品でした。

  • 本屋さんで平積みになっていたので、手に取った一冊。

    人はお金の使い方でわかる??

    年金だけでは貯金を取り崩すことになる祖母。
    友人が熟年離婚になりそうで、自分も試算してみる母。
    学生時代からの付き合いで、結婚を機に仕事を辞めた姉。
    結婚を考えている彼に返済しないといけない奨学金が550万円あることが分かった自分。

    それぞれがお金を通して自分の未来を考えていく。

    解説の柿谷美雨さんが書かれているタイトル 「他人は他人、 自分は自分」と、あなたは心の底から割り切れていますか?
    結局は自分なんだけれど。。。
    とても面白く読めました。。

  • こちらも兄からお正月に借りた本。

    おばあちゃん、お母さん、娘さん姉妹のお金に関わるそれぞれのドラマ。
    一つのお話ごとに視点が変わる。

    結婚したいが相手に借金のある娘さん。
    彼と結婚すべきか否か。。。
    結婚しているが、相手の給料がそこまで良いわけではないのに専業主婦の娘さん。
    友人に会った時に、自分の旦那は条件が悪かったのか?とふと考えてしまう。
    病み上がり、また更年期で調査の悪いお母さん。
    老後のために少しでも働きたいというおばあちゃん。

    それぞれのお話が、なかなかに訴えかけてくるものがあった。

    更年期のお母さんなんて、まさに私じゃん!!
    と(笑)

    それぞれどハマりする世代があるかも!? 

  • 話題なので読んでみたら、連作小説でした。
    色々な状況の登場人物が出てくるので、(特に女性には)自分と重なるテーマがあるような設定になっていますね。
    過去の自分を見ているようだったり、将来を考えさせられるようだったりするのが、本書が人気の理由でしょうか。
    どれもわりとホンワカで、読みやすいお話でした。

  • ひとつの家族のそれぞれの目線で進むお金の使い方の話。
    リアリティがあって、なるほどと勉強になることが多かった。
    自分のお金の使い方を考え直す良いキッカケにもなった。
    自分は情けないことにどの人物にも当てはまらないという人間で…
    学ぶことはとても多かったし、【お金の使い方!】みたいな本より読みやすいし面白いとは思う。

    節約とか、自分のお金についてちょっとでも気になる方は1つの小説読む感じで手に取ってみたら良いと思う。

  • 三千円の使い方・・・金額が違っても、それほど多額でなくてもとても迷うお金の使い方。堅実な使い方は考え方次第、学び方次第でもできるということを教えてくれる。
    各世代のそれぞれの考え方も見ることができる・・・・面白い。
    登場する人物が、みな親しみが持てるところもいい。

  • よくありそうなお金にまつわることを題材としたホロリといいお話し。

  • 本編が悪いわけじゃないけど、解説の方が読み応えがありました。
    今までどうしても理解できなかった夫の社会的地位でマウントをとる妻の心理が
    ようやく理解できました。なるほど!

  • 赤ん坊をあやしながら、合間にちょこっとずつ読んだ。短編だからか、すっと内容が頭に入ってきて、1日で読めた。
    どの短編も、どこか共感できる内容で、身近に感じられてとても面白かった。
    安定した収入があるから、何もやってないけど大丈夫と思っていたが、真帆のように賢く金融商品を見定めているところを見ると、ああ私のことも相談に乗ってくれ…と思っちゃう。
    あと、家計簿、つけたことないけど、つけてみたいなあ。
    お金や節約は、人が幸せになるためのもの、それが目的になっちゃいけない。
    という言葉をお土産にして、本を閉じた。
    ネットショッピングで息子の服を見るのが最近のブームになっていたけど、今は育休中…買いすぎないようにしよう。

  • 読みやすい。一つの家族のそれぞれの人生がお金という点から見えてくる。
    ファイナンシャルプランナーが小説を書いたような話。

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著者プロフィール

1970年神奈川県生まれ。2005年『リトルプリンセス2号』で、第34回「NHK創作ラジオドラマ大賞」を受賞。07年『はじまらないティータイム』で、第31回「すばる文学賞」受賞。他の著書に、『母親ウエスタン』『復讐屋成海慶介の事件簿』『ラジオ・ガガガ』『幸福レシピ』『一橋桐子(76)の犯罪日記』『ランチ酒』「三人屋」シリーズ等がある。

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