2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か (日本経済新聞出版) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 「国家の安全保障を左右する戦略物資」である半導体。この半導体を設計し製造し利用する、グローバルに複雑に入り組んだ巨大企業群。本書は、米中の対立を軸にこの半導体産業の最新の世界地図を描いた書。

    半導体製造は、莫大な投資が必要でしかも好不況の波が激しく、決して "おいしい" ビジネスではない。高性能チップがどんどん安くなるんだから、自ら作らずとも他社から買って使えばいいじゃん、くらいに考えていたのだが、この安直な認識は改めないといけないな。それこそありとあらゆる製品に半導体チップが搭載されていて、もはや半導体抜きでは全く社会活動できなくなっているからなあ(しかもこの状況、コロナ禍で加速してしまった)。

    単なる下請けだと思っていたファウンドリー(TSMCなど)が、実はものすごい力を持っていること、知らなかった。「下請け企業として、メーカーから製造を請け負うのではない。むしろ世界の半導体メーカーの方がTSMCに依存しているのだ」。半導体の線路幅が今や2ナノまで微細化されつつあることも知らなかった。10年以上前に、7ナノでそろそろ物理的限界だと聞いたことがあるんだけどなあ…。技術の進歩、止めどないな。

    国内半導体産業において、微細製造技術を担うファウンドリーが唯一欠けたピースであり、そのピースを台湾というリスク地域に依存しているアメリカ。そのアメリカは、安全保障の観点から国内にファウンドリーを強引に誘致し、半導体産業を丸々国内で完結させようとしているという。翻って、半導体製造装置の一部で何とか競争力を保っているに過ぎない日本の存在感、ここまで低いとは!

    東大とTSMCが組んだプロジェクトなど、日本の動きも幾つか紹介されていたけれど、如何せん迫力ないよなあ。ただ、これからは「エッジコンピューティング」指向で専用チップの重要性が高まるとのこと。そうであれば、ややニッチな市場ではあるものの、良いものを丁寧に作るのが得意な日本企業がより力を発揮できるようになるのかも、とは思った。

    ファブレス企業の雄、英アームの存在価値について、本書の解説がとてもわかりやすかった。都市設計の中で「ビルや住宅などの細かい部分は出来合いの図面をよそから買ってきて、貼り合わせたり、修正したりしながら、都市全体の図面を描いていくしかない。アームとは、いわばビルや住宅の図面を設計事務所に売る会社である」という。

    本書を読んで、幾つか疑問が湧いてきた。本書も触れている光コンピュータや量子コンピュータ。こういった次世代技術が確立されれば、今の半導体産業の勢力図は大きく様変わりしてしまうのだろうか? レコード→CDのようなゲームチェンジが起きる可能性はあるのかな?

    コンピュータの高速化、高性能化、大容量化には、一体どこまで需要があるのかな?。AIブームが続いているから、今データセンターがどんどん増強されているし、自動運転やIoTで当面は需要が拡大する一方なのだが…。いずれ需要頭打ちでコモディティ化したりしないのだろうか。電力消費の増大はエネルギー問題、環境問題とも密接に絡むからなあ。人がコンピュータへの依存度をどこまで高めていくのか、という本質的な問題と絡むのかもしれない。

    半導体産業の(2021年10月時点の)最新の状況が学べる良書でした。

  • 最初に断っておくと、タイトルの割りに目新しい話はありません。

    地政学と言うのは長らく物理的な地理的要因でしたが、近年ではデジタル空間も含まれる。
    半導体は「21世紀の石油」とも言われ、重要な戦略物資となった。

    世界で半導体製造になくてはならない企業は3社
    ・TSMC(台湾)
    ・ASML(オランダ)
    ・アーム(イギリス)

    最重要なのはTSMC

    以前は半導体の製造を一つの企業が設計開発から生産まで一貫して行っていた。
    しかし1990年頃からファウンドリーとファブレスに分業化が進む。

    自社では工場を持たず設計にみに特化するファブレス企業
    インテル、AMD、クアルコム、エヌビディア

    製造を請負うファウンドリー企業
    TSMC(台湾積体電路製造)

    ファウンドリー企業では、TSMCが技術力の面でライバルを先行している。
    (10年先行しているとも言われている)

    最先端の設計を形にできる半導体メーカーは世界でTSMCのみ。
    これにより下請けであるはずのTSMCとファブレス企業との立場は逆転。
    価格決定権すらも握られている。

    AMDは製造をTSMCに切り替えてからシェアを拡大し、インテルの凋落が始まった。
    ちなみにTSMCは1987年の創業の際に、インテルに出資を求めたが断わられている。
    30年たったいま、皮肉にもインテルは自社での製造に切り替えた。

    そんなわけなので、台湾をめぐり米中で戦争になるのも必然。

  • 半導体がこれからの社会において、米から石油のように大切な物資になっていくこと、それをアメリカが本気で囲み、中国と対抗していること、中国は国内のスタートアップを蠱毒のように争わせ、国力を高めていること、台湾のTSMCが如何に巨大な半導体ファウンドリーなのかがとてもよくわかった。

    NTTの開発しているという光電融合素子を使った半導体が世界を席巻して、日本が半導体の世界で再びリードできる日が楽しみです。分割されたNTT株買わないと。

  • 北大理学部で量子物理化学を専攻した日経新聞編集委員による2021年の本。2021年当時(といってもわずか2年前なのだが。。。)の日本を中心とした地政学の視点による観察。章とコラムの組み合わせが飽きさせない。

    さすが新聞記者。文体が簡素で読みやすい。
    TSMCによるアリゾナ進出はバイデン政権の国家戦略によるゴリ押しであることをTSMCのステートメントの行間から解説しているあたりは、とても新聞的。

    半導体製造の工程おいて強固な立場や技術がある日本企業も列挙。ちょうど今週、産業革新投資機構による買収が発表されたJSRも登場したのはタイムリーな読書体験だった。

    シンガポールが実は親中で習近平政権への支持率高いという話も興味深かった。この見出しは「紅色供応鏈」。紅いサプライチェーン、中国企業に繋がる貿易の流れという意味の中国語らしい。

    ヨーロッパについては、2021年の本なのでロシアによるウクライナ侵攻以外のファクターを解説している。ロシアに支援されているアルメニア(最古のキリスト教国)とトルコに支援されているアゼルバイジャン(イスラーム国家)の間で紛争の火種がくすぶっている話など。

    時間が経つと「旬」が失われてしまうのがもったいない、高級寿司屋のような本。

  • TSMCがアメリカに工場を設置とか熊本に工場を建設予定など半導体関連のニュースをよく聞くけれど、そのニュースを半導体と地政学と国家戦略という切り口で読んでみよう、というのが本書。

    大昔は鉄は国家なり、今も昔も石油は重要!だけれど、最近はそれに加えて半導体も、ということらしい。
    ここでいう「半導体」は物質という意味に加えて、半導体の材料を調達する会社、機器を設計する会社や製造する会社を含めて(いわゆるサプライチェーン)の半導体である。

  • 本書の著者は、日経新聞の編集委員兼論説委員を務められた方です。
    新聞社出身の方が書かれた本らしく、「半導体製造」をめぐる米中の争いをわかりやすく書いています。
    本書の冒頭は、アメリカ・ホワイトハウスの「ルーズベルトルーム」から始まります。
    2021年4月12日、オンラインで「半導体CEOサミット」が開かれました。
    参加者は、バイデン大統領と政権中枢の面々、あとはグーグル・GM・フォード・インテル等の、アメリカの19人の企業経営者たちです。
    この会議から、半導体産業をテコ入れするワシントンの動きが加速することとなったと、本書は書いています。
    現在から、わずか2年前にアメリカは、中国との、本格的な半導体の争いのゴングを鳴らしたのですね。
    それがどういう理由からなのかを、本書は詳細に書いています。
    1980年代には、半導体は「産業のコメ」と言われました。
    しかし、もはや半導体は、コメで連想される大量生産の安価な汎用品ではなく、社会のDXが進めば、少量生産の専用チップが必要になって来るというのです。
    その結果を、本書は次のように言っています。「半導体を制する者が世界を制する」と。
    本書で、半導体製造技術分野を見ると、アメリカが市場で首位の分野は、「半導体チップ(最終製品)」「設計ソフト」「要素回路ライセンス」「半導体製造装置」です。
    台湾が市場で首位の分野は、「ファウンドリー」「製造後工程」です。
    そして日本が市場で首位の分野は「ウエハー」だけです。
    「中国」は「製造後工程」に、2位で出てくるだけです。
    この市場シェアを見ると、圧倒的にアメリカが市場支配をしているように見えますが、「製造後工程」のみが、「台湾」と「中国」に集中しています。
    アメリカは、もし、台湾沖で危機が発生したときには、サプライチェーンの「製造後工程」部分が寸断してしまうことを懸念しているのではないかと思われます。
    しかし、こうやって見ると、「半導体製造」のほとんどの工程で、アメリカは圧倒的に優位です。
    ただ、中国もすぐに反応したそうです。「中国を仮想的とするこ都に、断固反対する」と。
    本書によると、バイデン政権の狙いは米国に足りない製造分野の穴埋めだと言います。サプライチェーンを自国内で完結することを目指しているというのです。
    そのためにバイデン政権は、2021年3月に2兆㌦規模のインフラ投資計画を発表し、半導体業界に500億ドル(約5兆5000億円)を割り当てる方針を明らかにしたそうです。
    それに対し、中国は、官製ファンド「国家集積回路産業投資基金」から5兆円をこえる政府助成を実行、地方政府のファンドを加えると、合計10兆円以上が投じられたとされています。
    圧倒的にアメリカが優位に見えますが、中国の巨額の政府支援によるキャッチアップでどこまで追いつくことができるのかは、本書でもわかりませんでした。
    2020年5月にアメリカ・トランプ政権は、中国のファーウェイに対し、決定的な禁輸措置を実行しています。
    1年前に始めた禁輸措置をさらに強め、米国の製造装置やソフトウエアを使っていれば、第三国からの輸出も規制対象にしたのです。
    台湾からの供給を絶たれたからには、中国は国産ファウンドリーにテコ入れするしかなくなりました。
    本書は、その経過を詳細に追っています。
    米国の制裁が本格化するにつれて、中国の装置メーカーの技術開発のスピードが上がったそうです。
    本書は、米国の制裁は、たしかに中国を追い詰める効力があった。だが皮肉にも制裁によって逆に製造技術が発達した面もあると書いています。
    本書は、「飢えた狼は生き残るか」との見出しで、次のように書いています。
    「惜しげもなく補助金をばらまく政府の支援をバックに、国産メーカーが採算を度外視して猛進しているとしたら・・・・。」
    「追いかける走者は、前を走る選手の背中が見えている。先行する走者は追われていることに気づかないこともある。」
    なんとも、意味深な言葉ですね。
    また、本書は「あとがき」に、以下のように書いています。
    「米国が本気になって日本に怒り、国家の芯を覗かせた場面があります。戦闘機「FSX」を独自に開発する日本の計画を阻止した時・・・そして半導体摩擦です。」
    「日本にとって半導体はビジネスでしたが、米国は国家を守っていたのでしょう」
    「半導体」という、多くの電気器具や車の中に使われている機械装置が、このような国家間のシビアな争いとなっている事情を、本書は教えてくれています。
    この「1980年代の日米半導体摩擦」の結果、当時世界首位のシェアを持っていた日本の半導体は、その後凋落しました。
    アメリカの半導体産業に敗れたのです。
    本書を読んで、「半導体」のニュースの影には、アメリカと中国の国家意思の争いが水面下にあることを、ハッキリと知りました。
    本書は興味深いですよ。ぜひ読むことをおすすめします

  • 半導体が戦略物資であることを理解できた。各国で覇権を争う理由もよくわかる。

  • 半導体と各国をめぐる状況がよく分かる。
    半導体の材料、装置、特許が各国間の取引のカードとなっていることがよく分かる。

  • 綿密な取材に裏付けられた良書 アルメニア エレバンのコンピュータ研究所の人材シノプシスがEDAで立地 ロシアゼレノグラードにMCST開発のエルブラスCPU 東大はTSMCとDLab立ち上げ慶応大黒田忠広教授を招聘

  • 半導体のサプライチェーンは安全保障上の重要な意味があるというのはまさにその通りで、TPPやらQUADやらも絡んで複雑な情勢と、重要性がよく分かる内容になっていました。
    個人的にはこれだけ需要と戦略的な重要性が上がっている中では、サイクル関係なくなっていくのかもしれないとも思いました。

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著者プロフィール

日本経済新聞社編集委員
1961年生まれ。北海道大学理学部卒業、85年日本経済新聞社入社。科学技術部、産業部、国際部、ワシントン支局、経済部、フランクフルト支局、論説委員兼国際部編集委員、アジア総局編集委員などを経て現職。

「2021年 『2030 半導体の地政学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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