ぼくはあと何回、満月を見るだろう [Kindle]

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  • 新潮社
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感想・レビュー・書評

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  • 死が近づき、遠ざけ、また近づき、とうとう死に至るまでの美食と音楽と華麗な交流に包まれて最後の日々を綴ったエッセイ。
    スノッブな内容でとうとう内心をあらわにすることなく亡くなってしまった印象がある。
    唯一垣間見られたのは盟友ベルトリッチの死にざまで、さりげなく書かれているものの、ああ、こういう死に方をしたかったのだな、と自分は思った。

  • 『新潮』の連載は毎回読み、本を購入して直ぐにあとがきを読んだ。この数年、読書意欲が低迷して発売から一年後に読了。教授ファン歴は40年以上なので読んでいると、色んなことを思い出す。永眠から一年経った2024年春はNHKで幾つものも特集番組が放送。嬉しくなったり悲しくなったり感情の移ろいが激しかった。ご病気の治療中でも、できる範囲で仕事をして、時間があれば本を読み、窓から見える景色、音に反応し五感をフル回転させていたことが本書から伺える。音響監修した映画館がオープン、映画『怪物』に音楽提供、新設の高専の校歌作曲などは、教授は見届けたかっただろうと思う。71歳で天国に旅立ったのは早いが、ご遺族の言葉通り「人の3倍生きたよね」には同感。果たして、これは感想なのかと疑問が沸くが、ファンとして押し寄せる感情を止めることはできなかった。

  • ふむ

  • 坂本龍一さんの亡くなる前の近年のエッセイ

    71年の人生だが、3倍くらい生きたようだ

    というような文章が頭に残った
    ものすごい充実度だったのかもしれない

    創作活動は命を削る作業だろう。創作したものを何かで使ってもらえるかどうかでまた気を揉むし、精神も身体も命懸けでやることだったんだろう。
    周りとの軋轢もあっただろうし。

    それでも向き合い続けたことが素晴らしい。

  • 自らに残された時間を悟り、教授は語り始めた。創作や社会運動を支える哲学、国境を越えた多彩な活動、坂本家の歴史と家族に対する想い、ガンと共に生きること-。最晩年までの足跡を未来に遺す自伝。『新潮』連載を書籍化。

    読んだのは紙の本。
    つらつらと読んだ。

  • その本を選んだ理由
     日本の音楽家の中で尊敬する人物の中の一人だから。大滝詠一、細野晴臣についで尊敬している。その音楽家としてストイックすぎる一面を持つ一方で破天荒としか言えない私生活の一面をもしかしたら書いているかもしれないという期待もあった。

    筆者の紹介
     1952年1月17日、東京生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年、YMOの結成に参加。1983年に散開後は『音楽図鑑』『BEAUTY』『async』『12』などを発表、革新的なサウンドを追求し続ける姿勢は世界的評価を得た。映画音楽では『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞音楽賞、『ラストエンペラー』でアカデミー賞作曲賞、ゴールデングローブ賞最優秀作曲賞、グラミー賞映画・テレビ音楽賞ほか、受賞多数。『LIFE』『TIME』をはじめとする舞台作品や、韓国や中国での大規模インスタレーション展示など、アート界への越境も積極的に行なった。環境・平和問題への提言も多く、森林保全団体「more trees」を創設。また「東北ユースオーケストラ」を設立して被災地の子供たちの音楽活動を支援した。2023年3月28日死去。

    最も印象に残ったシーン・一押しポイント
     やはり闘病生活だろう。万事問題なく見えていた生活が一変していくあり用は妙にリアルで生々しく他人事ではなくいつ自分に「余命宣告」が下されるのか恐ろしくもあった。限りある人生だからこそ今日1日を大事にしなくてはいけない。そう思う反面、今までの人生の後悔と、これからの人生への恐れを抱いた。だからこそ、楽しく明るく生きていこうと思う。
     坂本龍一ではないがベルトリッチは最後、死ぬまでの10日間程度、毎日のように仲間を呼んで、酒を飲んで、豪勢な食事をして、笑い合って死んだようだ。さすが、ベルトリッチと思った。そんなふうに死ねたら最高だ。
     もう少し大貫妙子と矢野顕子に関する不倫について深く触れると思ったのに、さって触っただけだった。坂本龍一の性に対するだらし無さは自分でも恥じているのか、記述されていない。そこら辺は第三者に書いてもらうしかないようだが、YMO成功以来、毎日のように女を抱き歩いたらしいので、そこら辺もはっきり書いてほしかった。

    今後の自分の行動や考え方の変化
     病気に対する考え方だろう。たばこはやめたが、飲酒をやめれる気がしない。ただ、ジムに通って体重を減らし、健康を考えた食生活にしようと思う。大好きなラーメンも控えようと思う。なんか日本が誇る音楽家の最後のエッセイと思って買って読んだのに、闘病日記だったので、読んでいて辛かった。あと「音楽は自由にする」と違ってけっこうボリュームがあるので予定より読破するのに時間がかかった。読んでいて辛いっていうのもある・・・。

  • 2010年くらいから亡くなりまでの闘病と音楽活動の日記

  • 音楽は自由にするに続く坂本龍一さんの自叙伝第二弾にして遺言のような一冊。人生は短く、芸術は永い。の言葉が痛々しい。晩年はガンで満身創痍な中、作曲活動を命の限りに展開して、なんか可哀想で仕方がなかった。12と怪物のサントラがまさに、坂本龍一さんの白鳥の歌となった形だが、坂本龍一さんの音楽は永遠に不滅です!そうあってほしいです。

  • 結構面倒くさい、極端な性格の人でもあったんだなぁと。「観光嫌いの性分」で思った。相手方に感情移入してしまった、、

  • 坂本龍一の幅広い教養と問題関心に驚かされた。

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著者プロフィール

さかもと・りゅういち:1952年東京生まれ。3歳からピアノを、10歳から作曲を学ぶ。東京藝術大学大学院修士課程修了。78年にソロ・アルバム『千のナイフ』でデビュー。同年、細野晴臣、髙橋幸宏とともにYMOを結成し、シンセサイザーを駆使したポップ・ミュージックの世界を切り開いた。83年の散開後は、ソロ・ミュージシャンとして最新オリジナル・アルバムの『async』(2017)まで無数の作品を発表。自ら出演した大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(83)をはじめ、ベルトルッチ監督の『ラスト・エンペラー』(87)、『シェルタリング・スカイ』(90)、イニャリトゥ監督の『レヴェナント』(2015)など30本以上を手掛けた映画音楽は、アカデミー賞を受賞するなど高く評価されている。地球の環境と反核・平和活動にも深くコミットし、「more trees」や「Stop Rokkasyo」「No Nukes」などのプロジェクトを立ち上げた。「東北ユースオーケストラ」など音楽を通じた東北地方太平洋沖地震被災者支援活動もおこなっている。2006年に「音楽の共有地」を目指す音楽レーベル「commmons」を設立、08年にスコラ・シリーズをスタートさせている。2014年7月、中咽頭癌の罹患を発表したが翌年に復帰。以後は精力的な活動を続けた。2021年1月に直腸癌の罹患を発表し闘病中。自伝『音楽は自由にする』(新潮社、2009)など著書も多い。

「2021年 『vol.18 ピアノへの旅(コモンズ: スコラ)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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