蒼穹のローレライ (Holly NOVELS)

著者 :
  • スコラマガジン(蒼竜社) (2015年10月28日発売)
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本棚登録 : 165
感想 : 11
5

あぁ...どうして尾上与一先生は塁の最期を悲しく終わらせてしまったんだろう
塁を生かせてあげて欲しかった
三上と平穏で安らかな幸せを掴んで欲しかった
塁こそが誰よりも幸せになるべき人ではないのか
最後まで読んで塁の心からの叫びと想いに涙し胸が張り裂けそうになった

1945シリーズの4作目の本作も舞台は太平洋戦争中期のラバウル
整備員の三上はラバウルに向かう途中、不思議な音を響かせて戦う一機の零戦に助けられる
その零戦の搭乗員が声の出ない碧い瞳の「ローレライ」と呼ばれる浅群塁だった
塁の言葉にならない声は零戦から奏でられるローレライの哀しい歌声と重なる


塁の無謀とも死にたいとも思える飛行は塁の苛烈で過酷な過去の事件と生い立ちが原因だ
撃墜数を上げる為に人を顧みず我儘に振る舞いその容姿のせいでいつも孤独に生きてきた塁
塁の声を聞き取れるという事で専属の整備員となった三上にだけ見せる寂しげな表情
誠実でいつも仕事に真摯で塁へも間違いを正そうとする三上は塁の言葉にならない声を優しく掬い上げるように理解しようとする

汚名を着せられた家名と殺された両親の為にただひたすら殊勲を上げ戦場に命を散らそうとする塁へ「生きて帰ってきてください」と何度も直向きに告げる三上の想いが少しずつ塁の頑なな心に温かなぬくもりを注ぎ込む

子供の頃から瞳の色のせいで社会から隔離され育った塁は物事の普通の尺度を知らない
その心根にある無垢で素直で人一倍繊細で壊れそうな不器用さをいつも不遜な態度の裏に隠している
塁の傲慢な態度から見え隠れする幼さや弱さに愛おしさと憐れみが心をいっぱいにする

三上が愛した塁はとても可愛らしくいじらしい
三上の側に居るだけで満たされる塁の微かなはにかんだような笑顔
人に蔑まれた塁の碧い瞳を三上は美しいフローライトのようだと伝える
首から鎖骨へできたケロイド跡も美しいと優しく口付ける

ラバウルが舞台の前2作はペアとして最後まで側にいる事が出来たが、本作の三上は整備員として飛び立つ塁を痛む想いで待つしかない
送り出したその瞬間が最期の時かもしれないという過酷さ
帰って来ないかもしれないという不安を常に胸に抱えて待つ辛さ
三上の心痛はいかばかりだろう
飛行中の塁が緊急な空襲が基地を襲った時に、三上の安否を死ぬ思いで慮った時に、初めて待つ辛さ愛する人がただ存在する喜びを知る
互いに平行線だった三上と塁の想い合う気持ちが命の儚さを織り交ぜて固く絡み合うように繋がっていく

三上が塁の父の形見の懐中時計を自分の時計の部品と合わせて修理しなおす場面は、塁と三上が共に交わり合いひとつになり時を刻んでゆくような意味に感じられてとても美しい
そして三上の手によって丁寧に大切に修理され時を刻む懐中時計に、ラバウルの海の上で散った塁の魂が煌めくように宿っている

※尾上与一先生の同人誌「青空のローレライ」には塁と三上達のささやかなラバウルでの日常や戦後の三上の姿などが描かれていて必読

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: BL
感想投稿日 : 2021年1月28日
読了日 : 2020年12月31日
本棚登録日 : 2021年1月24日

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