一見して「ありえない」世界を作り出し、それを「ありえる(かもしれない)」と思わせることができるもの。SFというジャンルを仮にこのように定義するならば、伊藤計劃は、SFがもつ威力を思い知るのにもっとも適した作家のひとりだと思う。
「嘘ではない。だがな、お前が教えられてきたのは、戦争が始まってからSDAがまとめた歴史ではあるんだ。戦うには歴史が必要だ。俺たちが戦う拠り所となり、奴らと俺らとを隔てるのに必要な歴史がな」
「戦争のために、嘘の歴史を作ったんだろ」
たとえばこれは、表題作の中のやりとり。
小説で描かれるものを何でもかんでも現実世界と結びつけようとするのは野暮な読み方かもしれないけれど、この台詞に、いまの自分たちはまったく思い当たりがないとは言えない。この小説の「ありえない」世界と、いまの自分たちが生きる現実世界は、まったく関係がないとはもちろん言えない。
この小説にはいちいち微細に描写した残酷表現が無数にある。倫理的に、どうしたって目を背けたくなるような表現がある。まさに「ありえない」と言いたくなるような。でも、残念ながら、この小説で描かれる世界は現実に「ありえる」のだろう。それも意外とすぐ近くにあるのかもしれない。
…とかなんとか、いろいろ考えることのできるSFらしいSF。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
現代文学(日本)
- 感想投稿日 : 2015年5月31日
- 読了日 : 2015年5月31日
- 本棚登録日 : 2015年5月6日
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