ひみつの王国: 評伝 石井桃子

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  • 新潮社 (2014年6月30日発売)
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5

質量ともに読み応え十分だった。
子どもの頃に読んだ絵本や児童書でよく見かけた「いしいももこ」という名前。
今ではミッフィーの方が通りがいいのかもしれないけれど、娘が大好きだったのはちいさなうさこちゃん。
親子二代でお世話になった。

が、彼女は私の想像をはるかに超えてすごい人だった。
何しろ彼女のまわりには近代史、文学史、児童文学史に名を残すような人がうじゃうじゃいたから。
菊池寛、太宰治、犬養毅、山本有三、吉野源三郎、光吉夏弥、瀬田貞二、いぬいとみこ、渡辺茂太…。

明治40年に生まれた石井桃子は、平成20年に101歳で亡くなるまで、いえ、その後も文庫が継続されていたりと、ずっとずっと子どもと本に関わって生きてきた。
生涯独身で。

戦後の10年ばかりだけ、東北の山奥で農地の開墾をして過ごした石井桃子。
幼い頃は病弱で、決して肉体労働に向いた人ではなかったのに、なぜ東京を捨てて農民になったのか。

“鶯沢での開墾生活は、もしかしたら、戦争中に犯した「罪」を償うために行われたのではなかったのか。敢えて罪という言葉を使うことを故人に許してもらいたいけれど、日本少国民文化協会の評議員に加わり、短い一篇であるとはいえ、国威の昂揚に協力した童話を書いたことへの罪悪感を、石井が重く自覚していたことは想像に難くない。”

たった一遍の短い童話を、それもやむに已まれぬ状況に追い込まれて書いただけなのに、結婚すらあきらめ、一生償い続けたのだとしたら、それでも彼女に戦争責任を突き付けることはできるだろうか。
戦時という状況にからめ捕られてしまった人は、大勢いる。

それでも彼女の力を必要とする児童文学会に呼ばれ、また、農業生活を支えるために、彼女は二足のわらじ生活に入る。

“生涯、この国の子どもたちに最善をつくして、どんな時代、政治体制下でもゆらぐことのない、真に心の栄養となる本当のお話を作り、あるいは選び、訳し、届けること。「子どもの本」の仕事に一生を捧げること。”

頭の回転が早くて、厳しくて、ストイックで。
そして何よりも「子どもの本」のためを思った人。
訳者で児童文学者で研究者で、編集者。

“今も書店や図書館に並ぶ絵本、児童書の棚に目を凝らせば、背表紙のあちらこちらにこの二人(石井桃子と瀬田貞二)の名が見つかるが、それは表に出た仕事であって、陰で作品を発見して企画を動かし、訳者や画家を指名して実現した本となると、どれほど多くなるのか見当もつかない。”

明治から平成へ。
社会は全く変わってしまったけれど、彼女が子どもに向ける眼差しは終生変わらなかった。

1958年に彼女が朝日新聞に書いた一文
“「文明」が進むにつれて、私たちはいそがしくなりました。私たちは、大きな機械の中の歯車です。父親も母親もうわの空、そして、子どもは迷子になっているという状態の家庭が集まって、社会を構成しているようにさえ思える、このごろです”

扉に書かれた一文
“大人になってからのあなたを支えるのは、
子ども時代のあなたです。
石井桃子”

表紙の絵はヘンリー・J・ダーガー。
故・吉野朔実が彼の『非現実の王国で』に衝撃を受けたと言っていたので、いつかは見たいと思っていたダーガーの絵。
施設に育ち、専門教育を受けず、誰とも交わらず、たった一人で物語を紡ぎ絵を描いたダーガーを、今、石井桃子の本が届けてくれた。
こうやっていろんなことどもが繋がっていくのかもしれないなあと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年12月7日
読了日 : 2016年12月7日
本棚登録日 : 2016年12月7日

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