計算する生命

著者 :
  • 新潮社 (2021年4月15日発売)
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感想 : 6
5

指を使って足し算をする。
計算しているという手ごたえがありますよね。

一方で、皆さんが、いま見ているスマホやPCの画面。
これは様々なアルゴリズム、つまりは計算の結果としてはじき出されたものです。
でもスマホを操作するときには、計算をしている手ごたえは全く感じられません。


全く別物としか思えない二つの営みですが、

「あらかじめ決められた規則にしたがって、記号を操作している」という意味で、同じ「計算」
なんだと、著者は言います。


計算がどのような歴史の系譜をたどってきたのか?

歴史をたどりつつ、計算という営みのてごたえを少しずつ取り戻していきたい、というのが著者の主題になります。


複素数平面とか幾何学とか専門的な数学の話も出てくるので、細かいところはあまり理解できませんでしたが、大筋は問題なく読むことができました。

詳細な紹介はしないこととして、興味深かった点をいくつか載せていきます。
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・計算能力は、人間が本来持ってたスペックではない。
数を数えるとき、一番シンプルな方法は指を使って数えること。
でも指って、一辺に全部を動かすのはいいけど、ピアニストみたいに一本ずつ自由に動かすのは訓練がいる。
つまり、指のもともとの役割は物を握ったり離したりすることであって、数える機能は先天的なものではなかった。





・数学は、記号と規則の力を借りて、 意味がまだない方 へと、さらに自由に羽ばたいていく
数学は、最初は物の量を計算するために使われた。
計算のためのツールとして、足し算・引き算などが生まれた。

そのルールに従って、「0から4を引くこと」を考えてみる。
「量の計算」という意味で考えると、0から4を引いたって、0だ。
かの天才パスカルも、0-4は0だと言っていたらしい。

でも、ルールに従うならば、当然答えはー4だ。
実世界において、-4と言われても何のことだか意味がわからない。
でもこの規則に従って考えているうちに、新しい解釈を見つける人が現れる。
「数直線」だ。

つまり、数が「量」だけでなく、「位置」 を表すという解釈が生まれた。

無意味だと思えることでも、取り組んでいるうちに新たな意味が生まれる
というのは人間の営みの真理の一つなのかもしれない。






・メタファーの犠牲者
現代の人工知能などの研究は、「計算」というメタファー(概念)を頼りに、知能や生命の謎に迫ろうとしている。
ただ、この「計算」という概念が、知能や生命を説明するのに適切なメタファーだという保証はどこにもなく、計算と生命の間には依然として大きな隔たりがある。
計算とは異なる新たなメタファーが必要だ。






・100年前の天気予報
世界で初めて天気の予測を試みたイギリスのルイス・フライ・リチャードソン(1881-1953)。
六時間分の天気変化を、みずから計算で「予報」しようとしたが、このとき結果を出すのに、六週間かかり、しかも計算結果は実際の天気と一致しなかったらしい。
そう考えると、今の天気予報が如何にすごいかがわかる。






・フレーゲは、旅を好まず、一処にとどまり、ただ近所の散歩だけを日課とした。
本書の主題とは全く関係ないですが、個人的に響きました。

旅行をすると、わかりやすく環境が変化するので、自分の状況を相対化し、メタ認知しやすくなる。僕はアメリカに1か月半留学してたことがあり、日本の治安の良さや接客サービスの質の高さなど、いろんな違いを感じることができました。

でも、「諸行無常」なんて言葉を持ち出すまでもなく、日常も変化の連続です。
その変化は比較的ゆっくりで、しかも朝→昼→夜→朝、春→夏→秋→冬→春と、周期的に似たようなことが起きるので、慣れてしまいやすい。
意識してないとその変化を見逃してしまうこともありますが、五感を集中すればきっと感じられるはず。

フレーゲは、19世紀から20世紀にかけてドイツに生きた数学者で、その功績の独創性・すごさは本書で余すことなく書かれています。
そんな彼の日課がはたから見れば非常に地味だったことは、逆説的というか、興味深いです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年2月23日
読了日 : 2022年2月23日
本棚登録日 : 2022年2月13日

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