「珊瑚は今年、二十一歳になった。二十歳の時に結婚して、一年そこそこで離婚した。赤ん坊の雪は、ようやくお座りができるようになったばかりだ。」読者の皆様はこの文を読んでどう感じるのだろうか?
これはタイトル見開きの文章書き出しのページに書かれているこの物語、主人公・珊瑚の状況説明である。
この始まりで、大変そうな生活を、想像するも、こんなうまく道が開ていくものだろうかと、小説ならではだなぁと思う。
20歳で結婚し、わずか1年で離婚した山野珊瑚は、21歳のシングルマザー。生まれたばかりの娘・雪を預ける場所も、働く環境もなく、途方に暮れていたところ「赤ちゃん、お預かりします。」の小さな貼り紙を見つける。その貼り紙により出会った女性・藪内くららから「食」の大切さと、「前進」する勇気を教えられる。
本作は、起業成功レポートであり、シングルマザー子育て奮闘記であり、料理レシピ録でもある。そして対人ストレス解消録でもある。
貯金も底が見えはじめ、子供を育てるために働かなくてはならない。しかし、公立の保育園も個人経営の託児所にも空きがなく、途方に暮れていた時に見つけた貼り紙「赤ちゃん、お預かりします。」
母子家庭で男親からの援助もない状態で、子供を育てていく精神的、肉体的苦労。子供の夜泣きに苦しみながらも我が子を育てる使命感が、自分が経験した苦い、辛い母との関係を断ち切るためのように思えてならなかった。あるいは、私は母とは違うと否定を、証明するためのようにも感じてしまう一方、そうではないと願いたい気持ちがある。
そうではないと願いたい気持ちは珊瑚を支える女神のようなくららの存在。彼女の存在が珊瑚にとって母のような存在に映り、珊瑚が経験した子供時代の過酷な生活の連鎖を断ち切っているように感じる。
珊瑚にとって、くららは、母であり、アドバイザー的な存在であったのではないだろうか。自分の母とは、全く異なる人種のくららに母を重ねることはないだろうが、くららを通して知り得た人として生きる力、人間関係構築が珊瑚の人生に大きく影響している。
珊瑚がカフェ経営の夢に奔走するが、その中でも、周りのサポートに支えられて、変わっていく珊瑚の心の成長と、雪の身体的な成長が重なる。
「私はあなたが嫌いです。最初から嫌いでした。」といった手紙をよこした元バイト仲間の美知恵の手紙。くららや由岐のようにいい人ばかりではなく、人の気分を害する類の人って、やっぱりどこにでもいるのだなぁと、思った。小説の中に登場するくらいなので、もしかしたら実生活では、意外ともっと多いかもしれない。この美知恵の手紙が結果的には、珊瑚の心の整理にも繋がることになるのだが、それが強い人間と弱い人間の差のように思えた。
読みやすく、また、食が体や心を育むのが感じられ生きていく勇気を与えてくれる心地の良い作品であった。
- 感想投稿日 : 2020年12月4日
- 読了日 : 2020年12月4日
- 本棚登録日 : 2020年12月4日
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