デビュー作『ビオレタ』以来、追いかけてきた寺地さんの作品だが、正直ここのところ、「ほっこり」や「不器用な主人公が…」的な(笑)既定路線に入ってしまったような、物足りなさで、少しばかり離れていたので、充ち足りて頁を閉じることができて、満足。
マンション管理会社社員の弟が突然の失踪をしたところから物語が始まる。
その弟・実母とも、亡くなってしまっている父とも「家族」という枠の中で、踏み越えられない溝を抱えていた兄である男性が、母に嘆願され弟の行方を捜す。
実在のない登場人物(弟)について、周囲の人々が関わりの中で、その人物の輪郭を示していく。
ただ、弟と兄という厄介な兄弟関係だけではなく、失踪した弟に関係する周囲の人々もそれぞれ群像劇スタイルで、家族や周りの人たちとの紙やすりで擦れた痛みを抱えながら生きている姿が、とても細やかに呈される。
家族や生い立ちのなかで抱え込んできた、劣等感、不全感、きょうだい格差、親の価値観の押し付けへの怒り、憤り、絶望感の繊細な描き方が巧みだ。
良し悪しでも善悪でもなく、ジャッジメント(価値の判断)を伴わない感覚の表現で、寸止め。
本文154頁より:
「嫌いな人でも、よい助言をくれることはあります」中略
「悪い人も良いことをする時はあるし、良い人の頭の中にもずるい考えはあるし、強い人も傷つくし、弱い人がその弱さを盾に他人を攻撃することもあります」
母が嫌いだ。大嫌いだ。でもそんなふうに感じる自分はきっと心がおそろしく狭量な人間なのだと思いながら今日まで生きてきた。
じゃあどうして(母と)一緒に暮らしているのか。そんなに嫌いなら離れればいいのに、と頭の中で誰かが実花子を嗤う(わらう)。それもできないくせに、文句ばかり並べたてて、と。
まとまらない感情のあれやこれやを、なぜか希望君にだけは話すことができる。
「好きだから一緒にいるとか、嫌いだから離れるとか、そんなにシンプルな理屈で片付けられるものじゃないでしょう」
以上抜粋。
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そうそう、物事さほど簡単ではない。善悪の単純な二極化は危険だ。愛があるから憎しみに代わる。期待するから落ち込み、悩む。
混然一体であり、表裏一体。
「頑張れば必ず報われる」とか「正直者は必ず幸せになれる」とか、前提条件ではあるが、絶対ではない。
物事はグラデーション。
分かりやすさや単純さのなかに安心を得られるかのごとき錯覚が蔓延するが、寺地さんの本作が一矢を放ってくれたのかな?
終盤少しまとめや結論に入りかけているので、もっと突き放す結論のほうが、私は好み。ジャッジメントを手放して。
親がどうであれ、きょうだいがどうであれ、自分の感覚にしっかりと耳を傾けて、自分のいくつかの選択肢のなかから、自分で選び、判断して生きる。
親や兄弟に「死んでほしい」と思うほどの唾棄の念を抱く登場人物 重田くみ子に私の心も共鳴する。私は私の人生を生きていきたい。もうあら還なんだから。
- 感想投稿日 : 2020年10月18日
- 読了日 : 2020年10月18日
- 本棚登録日 : 2020年4月30日
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