わたしが行ったさびしい町

著者 :
  • 新潮社 (2021年2月25日発売)
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感想 : 13
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現在日経新聞夕刊で掲載されている著者の週1回コラムを読み、心に留まり手に取った1冊。
著者は詩人であり、直木賞受賞作家でもあり、フランス文学研究者として東大名誉教授でもある松浦寿輝氏。

赤々と灯る空港ターミナルの光に照らされ霞や影を纏った飛行機がかすかに存在する印象的な装丁が素敵。

研究者として留学やサバティカル等の機会で国内外への旅が多かった著者のエッセイ集。

記憶に残った断片的な旅の記憶とご自身の思いが丁寧な言葉で紡がれる。
あちこちで写真にとどめるだけのなんちゃって旅行記でも、自虐的ネタに終始する珍道中でもない。

旅はすればするほど時間の経過とともに、瞼の裏に蘇る光景は極めて断片的なモノクロ写真のような一瞬となる感覚は私も同様。

旅行当時の詳しいいきさつやそれにまつわる意味価値づけがそぎ落とされ、ただただ一瞬の匂いだったり、光と影のバランスだったり、同行者のふとした一言だったりと、意外なものが心に留まり続ける。

松浦氏が旅先で心にとめた光景も「さびしい町」。人気で活気にあふれる著名な観光地ではなく、旅行者があえて入り込まないような通好みの秘境でもない。
「たまたま」の先の予定・予想外の出来事と思い。そこに著者の生きてきた道の知見・見聞が混じり合い、湧きあがる感覚。

言葉として表出された一言一句が非常に奥行きがあり、味わい深い。抑制されながら知性溢れる言葉の選択に憧れる。権威や知性を振りかざすこともなく、承認や過剰な共感を求めない文体ながら、読めば読むほどこちらの心に沁みてくる。素敵な日本語。

ぼんやりしていたら日常に流されて見過ごしがちな自分の内面をじっくり見つめ、「違う場所」「違う人」との邂逅により、新たな自分に気づく。それを精緻な日本語で表現する言葉の力が溢れた1冊。

生と死、出逢いと別れ、期待と失望・折り合い等々、物事のバランスの妙を堪能できた。旅先でもう一度手に取りたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年3月13日
読了日 : 2023年3月13日
本棚登録日 : 2023年1月11日

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