星がひとつほしいとの祈り (実業之日本社文庫)

著者 :
  • 実業之日本社 (2013年10月4日発売)
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原田さんの作品で初めて短編集を読みました。原田さんの作品を読んできて感じるのは、とても起承転結を意識されているということ、そのため伏線を用意したらきちんと律儀に回収されて曖昧さのない結末へと導いていただける方だなということです。そんな方が短編を書かれたらどうなるのか、短くても同じように起承転結のはっきりした作りなのか。とても楽しみに読み始めました。

7つの短編から構成されていますが、いずれも女性が主人公で、また何らかの形で母親と子どもの繋がりが描かれているのが特徴です。
〈椿姫〉マンションの一室にあるという産婦人科を訪ねた芹沢香澄。医師は『中絶を望まれるのならば、早いほうがいい』と説明します。メールに返信がない彼の元に向かい『産みますんで。認知してください』と言う香澄に、『母親になんかなるなよ』と告げる彼。香澄はどうするのか。
〈夜明けまで〉アフリカのNGOで働く堂本ひかる。母の危篤を知らされて急遽帰国します。母親・あかりは日本映画界不世出の大女優。『父の記憶は何ひとつない』というひかる。息を引き取った母親がひかるに残した一枚のDVD。『夜明けまで、連れて帰って欲しい』と画面の中の母親はひかるに語りかけます。
〈星がひとつほしいとの祈り〉文香は大手広告代理店のコピーライター。出張の後、道後温泉に立ち寄った文香はホテルでマッサージを依頼します。やってきたのは目が不自由な老婆。『華族っぽい』『どうしてこの場所に』という文香の問いに『あれはもう、ずっと昔むかしのこと』とゆっくりと自分の出自を話し始めるのでした。
7つの作品はどれもが全く異なる世界観。それぞれ展開されるのはとても印象深い物語ばかりなのですが、特にこれら3つの作品が気に入りました。

また、短い中にも幾つかこれは凄いなという表現がありました。ひとつ目は〈椿姫〉の中の次の表現です。彼と彼女の関係を『憧れは香澄を傷ついたウサギのようにしてしまった。彼はそれを見逃さなかった。鋭い爪の鳥のように、ずっと高いところを旋回していて、あっという間に獲物を捕りに舞い降りた。彼は空腹が解消されると、悠々と巣へ帰っていった。また空腹になると、ずっと遠くからそのためだけに飛んでくるのだ』、と鷹が獲物のウサギを狙うかのような猛々しい表現が目をひきます。これはとても秀逸だと思いました。ただし、女性をこんな風に弱々しく描くこと自体の賛否ということは一方であるように思います。原田さんはその視点に対する答えとして『彼の前で戸惑うだけの自分と、もっと食べ続けて欲しいと願い続ける自分』と主人公に大胆に語らせます。この圧巻の表現の説得力にはただただ驚きました。

ふたつ目。これも〈椿姫〉の中の一節ですが、妊娠を知った香澄がお腹の中の子を思う場面を原田さんは次のように綴ります。『香澄はセーターの上からお腹をさすった。そのままじっと耳を澄ましてみる。時計の秒針が回る音。窓の外の雨の音。自分の心臓の音。もうひとつの心臓の音』こんな優しさに溢れる表現ってあるのでしょうか。男の私には経験することのないシチュエーションですが、子どもを授かり、子どもを感じ、子どもを思うという、お腹に子どもができた女性のこのような感覚の表現。読んでいるだけで母となる女性の子どもを思う愛おしさがとてもこみ上げてくるのを感じました。このわずか数行の表現の存在が、この物語の結末に受ける印象にとても響いてくるように思います。

様々な時代、そして幅広い年代の女性の生き方、そして何らかの母親と子どもの繋がりを多岐にわたる設定を背景に描き出した短編集。子が母親を慕う気持ち、そして母親が子を思う優しい眼差しが、それぞれの短編からじわっと滲み出るように伝わってきました。一つひとつは短いながらも起承転結がはっきりとしたそれぞれの作品。切なさを感じるそれぞれの結末に人の優しさと人生の切なさを感じました。そして、それぞれの読後感にどこか長編を読んだかのような深い余韻が残るのも感じました。原田さんの短編集、他の作品も読むのがとても楽しみになる、そんな期待を抱かせてくれるとても印象深い作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 原田マハさん
感想投稿日 : 2020年5月1日
読了日 : 2020年4月30日
本棚登録日 : 2020年5月1日

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