地下鉄に乗って (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (1999年12月1日発売)
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本棚登録 : 5979
感想 : 720
5

浅田次郎さんの初期の作品。
1994年に発表された本作は、第16回吉川英治文学新人賞を受賞した。そして直木賞受賞作が「鉄道員」、2017年には、毎日新聞朝刊に掲載されドラマ化もされた「おもかげ」。これらはどれも鉄道もので、浅田さんの作品を形作るのに、重要な舞台になっている感じだ。
確かに人を運ぶだけではなく、心も想い出も、時空を超えて運んでくれるような気がする。

それにしても、人の心や身体や周囲の、言葉による形容は奥深く、いつもうっとりさせられる。

ラストのシーンでは、すべての秘密が明かされ、過去の悪夢も現在の苦境も反転して世界が急に広がっていく。
この思いがけない結末は、思わず目頭を押さえてしまうようなものだった。

小さな衣料会社に勤める営業マンの小沼真次がふとしたはずみでタイム・トリップを体験し、はからずも家族の過去と向きあうことになる。自殺した兄、反目していた父、そしてデザイナーとして会社でともに働く軽部みち子。地下鉄に乗るたび、過去へつながる出口へと向かい、自分の知らなかった事実を目にする。
不思議なことにタイム・トリップをするのは真次だけではなく、みち子もそうだ。しかも夢なのか現実なのか、区別がつかない時と場に、共通した認識を持ち、記憶もしている。それには理由があったのだ。

自分としては、気丈だが優しいみち子に共感をした。

このラストシーンは、暫く脳裏に残った。
走るほどに、みち子の体が心細く萎えしぼんで行くように思えた。この女を失うまいと懸命に握りしめる腕の重みが、やがてとろけ出した氷のようにあやうくなり、柔らかな手ざわりが残ったと思う間に、真次は降りしきる雨だけを抱いていた。
みち子、みち子、と、かけがえのない名前を呼び続け、姿を求めてさまよう真次の行く手に、地下鉄の入口がぽっかりと開いていた。
吹き上がる温かい風が、よろぼい歩き、倒れかかる真次の体を、しっかり抱き止めた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年1月11日
読了日 : 2024年1月11日
本棚登録日 : 2024年1月11日

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