これからの時代を生き抜くための 文化人類学入門

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  • 辰巳出版
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第一章の文化人類学の概要にはじまり、「性」「経済と共同体」「宗教」「環境問題」という各ジャンルごとの切り口から、文化人類学がどのような学問かを紹介する入門書。終章では、若き日の海外放浪からこの道に入った著者の来歴も語られる。全六章、約260ページ。本書はオンライン上の著者への取材から、口述筆記によって起こされている。

文化人類学の基本的な用語と簡単な成り立ちに触れる第一章に始まり、第二章から第五章までは先述のテーマごとに進む。各章は現代的な問題とリンクして、文化人類学のもたらす知見の可能性を示唆する。以下、各章の要約を試す。

第二章「性」
類人猿としての人類の生物的進化の過程からいって、ホモセクシュアルは自然な歴史的な産物である。先住民社会においてもホモセクシュアルは確認されており、性との向き合い方も多様である。
→LGBTQの人々が取り上げられることの多くなった昨今だが、先住民社会からみても不自然ではない。

第三章「経済と共同体」
著者の主なフィールド地であるボルネオ島のプナンの人々を取り上げる。彼らは文化的に徹底したシェアリングの精神を共有しており、そこでは分け与える人が最も尊敬を集めて指導者に選ばれる。また、プナンには「ありがとう」という言葉や心の病もない。
→現代の先進国は行き過ぎた能力主義と競争原理が際立ち、それらはプナンの人々が意識して忌避してきた状況である。

第四章「宗教」
儀礼と、その延長線上にある宗教について解説する。社会に存在する儀礼は、「区切りのない連続体としてある混沌状態に区切りを入れて、人間が認識できるようにする」ためにある。とくに通過儀礼には惰性化した日常を刺激し、再活性化を果たす役割がある。そして、シャーマン、アニミズム、呪術といった宗教的慣習は、別の世界との間を行き来して人間以外の存在との内面的なつながりを見い出す。
→これらの慣習には、現代における精神的な苦しみや怒り、悲しみを緩和する作用があったのではないか。

第五章「環境問題」
先住民社会では、私たちの世界が自然や動物といった人間以外の存在と絡み合って成り立っているということが、当たり前の事実として受け入れられてきた。
→「人新世」という時代についての危機が謳われる昨今だが、先住民社会の思考は人間と自然の関係を問いなおす機会を与えてくれるのではないか。

以上のようにいずれの章も、文化人類学が発見した先住民社会における私たちにとっては新鮮な常識を紹介したうえで、それらが近代化社会の諸問題について有用なヒントを示唆してくれるのではないかといった提案が、一貫した流れとして統一されている。著者の半生をたどる第六章だけは例外といえるだろう。

全体を通してもっとも興味深く読めたのは、著者自身の研究対象であるプナンの人々の社会を伝える第三章で、本書のなかでは群を抜いて読みがいがあった。逆に、著者の海外体験を綴る終章を含んだ他の章については、全般に淡泊で素っ気なく感じてしまった。面白く読めた第三章についても、同著者の『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』の簡略版に過ぎないとも言える。全体に単調で、タイトルに掲げられた「これからの時代を生き抜くための」というお題への対応も通り一遍に思える。ソフトな入門書ということを除いては明確な意義を認めづらかった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年9月9日
読了日 : 2022年9月9日
本棚登録日 : 2022年9月9日

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