枯葉の中の青い炎

著者 :
  • 新潮社 (2005年1月26日発売)
3.47
  • (8)
  • (5)
  • (15)
  • (2)
  • (2)
本棚登録 : 138
感想 : 14
5

辻原登は巧すぎる書き手である。そのままで一篇の小説として立派に通用するだろう題材にさらに一ひねり二ひねりを加えないと満足できない。そのひねりの基となっているのがこれまでに読んできた世界中の物語や小説だ。おそらく無類の本好きで、作家自身の幾分かは本でできているにちがいない。どの話にも時間や空間を隔てた異国の物語が影を落としている。というより、異国の物語を読んだ経験が作家をして新しい物語を紡せている。物語が物語を産む。登場人物も作家も我々人間はみな物語を語る器官のようなものだ。

青いラピスラズリのブローチを故郷で待つ許嫁への土産として持ち帰った男が、部屋の壁に掛かった絵の中の世界へと迷い込み、向こうで別の女性と何年かを過ごして帰ってくると、こちらの世界では数分間しか経っていなかったというメルヘンがある。「一炊の夢」を主題にしたヴァリエーションだが、世界を往還するのはいつも男だ。女は壁の絵と扉の向こうでただ男の帰りを待つしかない。

「ちょっと歪んだわたしのブローチ」は、男を待つ女の側の視点から書かれている。愛人と同棲するためにひと月の間だけ家を空けたいという夫の願いを冷静に受けとめたように見えた妻だったが、二人の部屋を突きとめると、向かいの建物の空き部屋を借り、オペラグラスで二人を眺めるようになる。向かいと同じ色のカーテンを掛け、同じ花を部屋に飾る。奇妙なシンクロニシティが起こる。向かいの花とこちらの花が同じ散り方をするのだ。約束のひと月がたち、夫が家に帰ってみると、妻の胸には女にプレゼントしたはずのラピスラズリのブローチが……。

「枯葉の中の青い炎」では、新聞に載った小さなコラム記事から、往年の野球ファンを湧かせたスタルヒンの三百勝という偉業と、続いて起きた悲惨な事故死の間に横たわるミステリアスな共時性に目を止めるよう読者を促す。天皇の太平洋三カ国訪問中止を告げる記事で見つけたのは大酋長であるアイザワ・ススムという名前。かつての高橋ユニオンズの名選手だ。彼が少年だった頃、その島には『ツシタラ(後に「光と風と夢」と改題)』を書いた中島敦がいた。

「物理世界と精神世界を秘かに結ぶシンクロニシティは、日常生活にいくらでも起きていることではないか。ただわれわれは、それを自分の意志で起こすことができない。秘蹟を起こすことのできる儀式、方法を我々は持っていないだけなのだ」と、作中ツシタラ(物語大酋長)は語る。

書名は短編集の掉尾を飾る一篇から取られているが、硝子瓶の中に封じ込められた枯葉をちろちろと舐める青い炎は、現実世界に隠れながら、知らぬ間に裡側からそれを焼尽していく物語世界の暗喩でもあるのだろう。二篇の他にも現実と物語の間に強引に架橋した稀有な物語世界を見せる短篇が四篇収められている。作家はどのような儀式でもって、これらの秘蹟を成し遂げたのだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学
感想投稿日 : 2013年3月9日
読了日 : 2005年3月26日
本棚登録日 : 2013年3月9日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする