青木きららという女性が各編に必ず登場する短編集だが、青木きららは同一人物ではない。現代日本に似たパラレルワールドのような世界を舞台としているが、夢の世界を彷徨っているみたいな読み心地。
「わかった」とは言えないが、響いた。寓意や暗喩のようなものを、掴めそうで掴めない、掴めたと思った瞬間にふぁっと霧になって消えてしまうような、「なに、わかった気になってるの」と氷の眼で見つめられているような緊張感が、このわかりやすさの求められる時代に、独特の歯応えを差し出してくる。
以下、個人的な備忘メモ。タイトル前の記号は、「◯=好き」「◎=特に好き」を表す。
◯トーチカ
青木きららの偽物を探せ、てな感じではじめちょっと不思議面白く読める。終章につながる。
・積み重なる密室
出張先(京都かな?)のホテルにて、女性専用フロアへのグレードアップの申し出を受ける。他の部屋も選べるのか?と質問すると、スタッフは顔を曇らせ、他のフロアは満室だという。
・スカート・デンタータ
スカートが、許可なく持ち主の体を触る者を食いちぎる歯を持つ。
◎花束
川で殺された青木きららの死を悼む人々が全国から手向けの花を持って河川敷に集まる。センチメンタル?が束になって、謎のカタルシスが。
◎消滅
青木という女性が、将来子どもができたら「きらら」と名付けたい、青木きらら、なんて素敵な名前だろうと夢想するが、よほどの強い心を持って青木姓を守るために戦わない限りまあ無理だろうということをわかっている。夫は何の努力も必要とせずに自分の姓のままでいられるというのに。短編集を貫く象徴的な名前「青木きらら」が存在できないという矛盾。
◯幸せな女たち
結婚式の写真撮影という仕事から、女の幸せについて。結婚だけが幸せではないみたいな次元の話ではもちろんなく、女が幸せになることを心から憎む存在が描かれる。
・美しい死
クリスマスケーキ理論。
・愛情
「愛情が制度の肩代わりをすることがないよう整備された社会」。
◎トーチカ2
はじめの章の続き。マイナポイントみたいなものの恩恵を受けながらマイナンバーカードみたいなもので管理されないと自分が誰なのかも証明できないような世界で。ラストが刺さる。こうする以外どうしたらいいかわからなかった、ただそこそこ安心してそこそこの暮らしをしていきたかっただけなのに、「今、『放送局』の翼の下で震えるよるべない隷属者として立っている近子は、同時に特権を行使する冷酷な共犯者だった。」
- 感想投稿日 : 2023年5月7日
- 読了日 : 2023年5月7日
- 本棚登録日 : 2023年5月4日
みんなの感想をみる