黄色い夏の日 (福音館創作童話シリーズ)

著者 :
  • 福音館書店 (2021年9月10日発売)
4.12
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本棚登録 : 257
感想 : 27
4

中学1年生の景介は、夏休み前のある日、美術部の課題のスケッチのために、以前から気になっていた洋館を訪れたものの、道端でひとり衆目に晒されながらの作業と、その家を他の人に知られることに躊躇していた。
そのとき、その家の門の表札「小谷津」に気づき、それが祖母が入院していたの隣のベッドの人に違いないと思い当たる。入院中の知的な印象を思い出していたちょうどそのとき、小谷津さんが現れた。彼女も景介のことを覚えていて、祖母の安否を尋ね、居間の電球を取り替えてほしいと言う。
求めに応じて家に入り電球を取り替えたあと菩提樹の花茶をふるまわれ、今度は日記帳の鍵を開けてほしいと頼まれる。ようやくのことで鍵が開いたとき、目の前の小谷津さんはうたた寝をはじめ、庭のキンポウゲがきらめく。
景介はそこで、「誰か来て」という声を聞く。
声のするほうに向かった景介は、<A…… B……>と書かれた部屋を突っ切って庭に出て、とてもとても可愛らしい少女ゆりあと出会う。
そして景介はゆりあと一緒にさくらんぼを食べ、お互いの絵を描きあう。
夢見心地になった景介は、祖母が小谷津さんに返しそびれていた本があったこと、夏休みに入ってからは、小谷津さんの家の本探し兼整理を手伝うことを口実に、屋敷に通うようになっていった。
会うたびに、ゆりあは美しく、わがままだった。
ゆりあと会うようになった景介は、裏の昔風の家に住む少女やや子とも親しくなる。ところがどうもやや子の生きているのは、戦争中の日本のようだった。
ゆりあややや子との幸せな時間が増えるにつれて、自分が面している非現実的な現象に理解が追いつかなくなった景介は混乱する。
しかも、景介のようすは、傍目にもわかるほど不健康になっていた……。

不思議な洋館を舞台に、時空を超えて交流する少年と少女たちとの関わりを描く、美しくも怪しいファンタジー。

*******ここからはネタバレ*******

作者が高楼方子さんとの表紙を見たとき、申し訳ないけれどちょっぴり苦手感を予感しました。「つんつくせんせい」シリーズとかの絵本ならいいのですが、この著者の年長者向けのファンタジーは、私には相性が悪いことが多かったからです。

実際に読んで見たところ、相性の悪さは思ったほどではありませんでした。
昔風の表現にこだわっているような作品で、情景描写が多く、長く、込み入っていて、実に読みにくい本ではありましたが、途中でシラケまくってしまうようなことはありませんでした。
ただ、狙ったのでしょうか、怪しい感じがあったので、読んでいていい気持ちはしなかったですね。

高楼方子さんらしいところも散見されました。
まずは、屋敷に住んでいる「小谷津艶子(こやつつやこ)」さん。このお名前、回文なんですよ。
それに、この洋館を作った建築家の名前が「庄造」が、「蔓原遥造」だったとか、「やや子」が「艶子」だったとか。
高楼方子さんは、こういうちょっとした行き違い(と言うか、誤解?)を描くことが多いように感じます。

物語が実に入り組んでいるので、レビューもとっても書きにくいんですが、ツッコミどころも多いです。
たとえば、気になる洋館があったら、そこは見知っている人の家で、ちょうどそこに出てきたその人に用事を頼まれたらきれいな女の子と会って仲良くなって、また行きたいなと思っていたら、お届けものが発生して、そこの家での用事もできて、隣家の女の子とも仲良くなって……と、なんともなあ、ちょうどいい具合に偶然が重なっているんです。
これは、中学年ぐらいまでの本だったら受け入れられると思いますが、中学生以上では、ちょっと興覚めかもしれないと思います。
そして、中学年が読むにはこの本は読みにくすぎる。

ラストのあたりでは、小谷津さん自信が認知症傾向になって、夢と現実の間を行き来するものだから、何が現実で何が非現実だったのかもごちゃまぜになってしまいました。
この摩訶不思議な物語を、不思議のままで終わろうとしたからなのかも知れませんが、正直ここまで来ると、もう何がどうなっても関係ないっていう気持ちで読み進みました。

エピローグの7年後で、大学生になった晶子が未だに毎月老人ホームに入った小谷津さんを見舞うところなども現実離れして感じられる。いやあ、自分の祖母にもそんな足繁く通うことは難しいでしょうに。

結局、この幻の世界は、やや子が鍵付きの日記帳に綴った空想の物語の中に景介が入り込んでしまったもののようです(私の読解できる限りでは)。
でも、意図したことではないとは言え、景介の被ったダメージは大きくて、ゆりあ、やや子、晶子、と女性たちに翻弄?される姿に悲哀さえ感じてしまいます。

私には、作者の明確なメッセージはわかりませんでした。
でも、ラストで景介と晶子が、小谷津さんの「編集」という仕事について触れ、景介自身も、人間の複雑さ、不可解さ、素晴らしさや愛おしさを表現するために紡ぎ続けられた言葉について考える面白さについて考えたいと思った、とあるから、きっとこれではないかと思います。


けっこう複雑で難解なので、読むことに慣れている高学年以上にオススメします。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 児童書
感想投稿日 : 2021年12月13日
読了日 : 2021年12月12日
本棚登録日 : 2021年12月13日

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コメント 3件

ロニコさんのコメント
2021/12/25

図書館秋吉うたさん、こんばんは^_^

ご無沙汰しております。

詳しいレビューをありがとうございます。

たかどのほうこさんの絵本や児童書(へんてこ森シリーズなど)は、子どもが大好きだったのですが、児童文学というのでしょうか、高楼方子で書かれているものは、読んだことがなく、書評も良かったので、今回この本を学校図書館に購入依頼してしまいました(汗)

あきよしうたさんのレビューを読ませて頂き、ちょっと難しいかなぁ…と感じております。
あきよしうたさんがおっしゃるように、登場人物やファンタジーの要素など内容は小学生向けなのに、構成が複雑で小学生には難しい物語ってありますよね…それが中学生に読まれるか、というとそれも難しい…。
読解力のある小学生向けということでしょうかね。

いつもながら、とても参考になります。
久々に拝読できて良かったです。

図書館あきよしうたさんのコメント
2022/01/03

ロニコさん!!
こちらこそご無沙汰しております。
お元気でしたか?

コメントありがとうございます。

いやいや、私が、高楼方子さんの児童書が苦手なだけなんだと思います。
年長者向けでも、私は、上橋菜穂子さんのファンタジーとかは大ファンなので、きっと単なる相性の問題なんですよ

私は選書本に掲載する本を選ぶために読んでいるので、どうしても辛口になることが多いです。

年長になるにつれてファンタジー作品は減っていくことが多くって、それはそれで寂しいですよね、

それに私はこの本意外とおもしろく読みました。
景介がゆりなに夢中になりすぎて半ば廃人状態になってしまうなんて、児童書らしからぬ展開で興味深かったです(笑)。

サラッと読めるタイプの本ではないと思いますが、もしロニコさんもお時間あったら読んでみて、感想聞かせてくださいね。

ロニコさんのコメント
2022/01/03

あきよしうたさん、コメントへの返信ありがとうございます。

アドバイスに従って、学校に本が届いたら読んでみます!

今年もうたさんのレビュー、楽しみにしております。

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