不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社 (2017年11月15日発売)
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4

終戦記念日の昨日から読みはじめた一冊を読み終えました。

「出口のない海(横山秀夫)」を読み終えた時に以下のように記した。

〜〜〜
死を覚悟して決死隊とし出陣された方と、必ず死ぬ必死隊として出陣された特別攻撃隊の方の想いとは祖国の為という鉄の仮面に包まれ、ただ愛する人を守る為という想い。

そこだけは同じような気がする。

しかし、決死と必死の差は大きく、まさにその人の運命を左右する。
〜〜〜


本書の約半分は9回の特攻作戦から生還した元特攻隊員・佐々木友次さんの体験記。

「必ず死んでこい!」と言われながら、「死ななくてもいいと思います。死ぬまで何度でも行って、爆弾を命中させます」と上官の命令に背き、生還した佐々木さん。

当時の状況を考えればそれがどれだけ勇気の必要な発言だったかを想像することは容易いように感じます。

個人的には最終章である第4章「特攻の実像」は私に大切なことを気づかせてくれました。

それは「命令した側」と「命令された側」の違い。

特攻という状況であれば命令する側(上官)と命令された側(特攻兵)。

多くの書籍や映像などで若者達が「お国のため」「愛する者を守るため」喜んで死んで参ります!的に語られ、特攻兵は自ら志願したかの如く伝えられている事実は、ある意味で日本人的な美談と化している...

あの当時、「生きたい」という人間の生存欲求すら認められなかった時代に本当に全ての特攻兵の方々が心から喜んで死地に飛び立ったとは私には思えない。

立場は違えど、私も中間管理職として部下を持つ身。

部下に対して指示(命令)をする側にいるということの重みを実感すると共に、安易に「現状維持が目的」とならぬように正しい判断をし、指示を出していくことの大切さを痛感することが出来ました。

そして著者は巻末で反発を恐れずに私見の記されています。

それは今まさに行われている真夏の甲子園大会についてです。

真夏の炎天下、組織として強制的に運動を命令しているのは、世界中で見ても、日本の高校野球だけだと思います。
〜〜
僕は「命令された側」の高校球児を尊敬し、感動します。
もちろん、大変だなあと同情しますが、けなしたり、悪口を言うつもりはまったくありません。
問題にしたいのは「命令した側」です。
ですが、怒る人は、「命令した側」と「命令された側」を混同するのです。
「命令した側」への批判を、「命令された側」への攻撃だと思うのです。

すごくわかりやすい例えだと思いますし、私自身も大切にしていきたい。

先の大戦で何があったのか、何が事実なのか、自分なりに知りたいと思い、そんな中で手にした一冊でしたが、学び多き一冊でした。




説明
メディア掲載レビューほか
日本軍の真実

12月8日は日米開戦があった日。沖縄をはじめ全国に米軍の基地や施設があり、不平等な日米地位協定や航空管制など、“戦後"はまだ続いている。76年前に無謀な戦争をしなければ、そして、その前に愚劣な中国侵略を始めていなければ、こんなことにはならなかっただろうに。

戦争の始め方もばかげていたが、終わり方も悲惨だった。面目にこだわった軍部は負けを受け入れようとせず、一般国民はひどい目にあった。

日本軍の戦術でもっとも愚劣なものが特攻だろう。飛行機だけでなく操縦者の生命も失われる。日本軍が人命を軽視したことを象徴している。

だが、出撃しても生きて帰ってきた特攻兵がいた。それも9回も。昨年の2月、92歳で亡くなった佐々木友次氏がその人である。鴻上尚史の『不死身の特攻兵』は、佐々木氏や特攻について調べたこと、佐々木氏へのインタビュー、そして、それらからこの劇作家が考えたことの三つの要素からなる。

なるほどと思ったのは、特攻は兵士の誇りを傷つける作戦だったという話。体当たりせよという命令は、それまで訓練してきた急降下爆撃などの技術を否定するものだ。だから佐々木氏らは、命令に逆らって米軍の戦艦に爆弾を投下して帰還した。

だが、軍は生還した兵士をねぎらうどころか冷遇する。早く再出撃して、こんどこそ死ねと迫る。体当たりして戦果を上げたと、天皇にも報告してしまったのだから、というのが軍幹部のいいぶんだ。しかも命令した上官は、米軍が迫ると台湾に逃げ出す始末。これが戦争の現実、日本軍の真実だ。

評者:永江朗

(週刊朝日 掲載)
内容紹介
太平洋戦争末期に実施された”特別攻撃隊”により、多くの若者が亡くなっていった。だが、「必ず死んでこい」という上官の命令に背き、9回の出撃から生還した特攻兵がいた。その特攻兵、佐々木友次氏に鴻上尚史氏がインタビュー。飛行機がただ好きだった男が、なぜ、絶対命令から免れ、命の尊厳を守りぬけたのか。命を消費する日本型組織から抜け出すには。


太平洋戦争の末期に実施された”特別攻撃隊”。戦死を前提とする攻撃によって、若者たちが命を落としていった。
だが、陸軍第一回の特攻から計9回の出撃をし、9回生還した特攻兵がいた。その特攻兵、佐々木友次氏は、戦後の日本を生き抜き2016年2月に亡くなった。
鴻上尚史氏が生前の佐々木氏本人へインタビュー。
飛行機がただ好きだった男が、なぜ、軍では絶対である上官の命令に背き、命の尊厳を守りぬけたのか。

我々も同じ状況になったとき、佐々木氏と同じことができるだろうか。
戦後72年。実は本質的には日本社会は変わっていないのではないか。
本当に特攻は志願だったのか、そして、なぜあんなにも賛美されたのか。
命を消費する日本型組織から、一人の人間として抜け出す強さの源に迫る。
内容(「BOOK」データベースより)
1944年11月の第一回の特攻作戦から、9回の出撃。陸軍参謀に「必ず死んでこい!」と言われながら、命令に背き、生還を果たした特攻兵がいた。
著者について
鴻上 尚史
作家・演出家。1958年愛媛県生まれ。早稲田大学在学中の81年に劇団「第三舞台」を結成。87年「朝日のような夕日をつれて87」で紀伊國屋演劇賞団体賞、95年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞。97年に渡英し、俳優教育法を学ぶ。11年に第三舞台封印解除&解散公演「深呼吸する惑星」を上演。現在は、「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に活動。10年に戯曲集「グローブ・ジャングル」で第61回読売文学賞受賞。舞台公演のかたわら、エッセイや演劇関連の著書も多く、ラジオ・パーソリナティ、テレビの司会、映画監督など幅広く活動。「あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント」「クール・ジャパン!?」「八月の犬は二度吠える」「青空に飛ぶ」(以上講談社)「発声と身体のレッスン」「演技と演出のレッスン」(白水社)「孤独と不安のレッスン」「幸福のレッスン」(だいわ文庫)他著書多数。日本劇作家協会会長。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
鴻上/尚史
作家・演出家。1958年愛媛県生まれ。早稲田大学在学中の81年に劇団「第三舞台」を結成。87年「朝日のような夕日をつれて’87」で紀伊國屋演劇賞団体賞、95年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞。97年に渡英し、俳優教育法を学ぶ。10年に戯曲集「グローブ・ジャングル」で第61回読売文学賞戯曲・シナリオ賞受賞。舞台公演のかたわら、エッセイや演劇関連の著書も多く、ラジオ・パーソナリティ、テレビ番組の司会、映画監督など幅広く活動。日本劇作家協会会長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年8月16日
読了日 : 2022年8月16日
本棚登録日 : 2021年1月10日

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コメント 2件

kuma0504さんのコメント
2022/08/16

ヒポさん、こんばんは。
本書をアップしてくれたお陰で、四年前のマイレビュー(18.10)を再読しました。

驚くことに、四年前に書いた日本の構図は全く変わることなく、3年ぶりに再開した甲子園球児は、四年前よりも殺人的になった予選会、本大会を闘っています。考える時間はあった。検討する時間はあった。けれども、大会幹部はおそらく頭の隅に一つも「秋に変更しよう」とは思わなかったのでしょう。

奇しくも、「私は命令しなかった」と言い逃れたテッペンが、とうとう最期まで言い逃れして終わってしまいました。

日本はこの77年間、髪の毛一本分も変わっていない。暗澹たる気分です。

ヒボさんのコメント
2022/08/16

kuma0504さん、こんばんは。
私も先程レビューを読ませて頂きました。
今まさに行われている甲子園大会、「命令する側」が正しい判断をしなければいけない。
犠牲になるのは「命令される側」で、きっと「命令する側」の人々は自分達だけクーラーの効いた環境で観戦しているのでしょう。
戦時中に特攻め命じた側と何も変わっていない。
極論かも知れませんが、過去から学ぶことが出来なければ滅びるしかないのだと思います。

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