「面白い」と言ってしまっていいのだろうか。
書評を書くにあたり、そう自問せざるを得なかった。
第二次世界大戦中、ソ連からスパイ疑惑をかけられて当局に拘束され、尋問と拷問の末に有罪が確定、シベリアの強制労働書送りにされた著者。400ページ超の本書のうち、最初の100ページちょっとはこの拘束から尋問、モスクワから極東ヤクーツクまでの移送の様子に費やされる。強制収容所に辿り着くまでのここまでですら、あまりにも苛烈な環境とソ連兵の仕打ちに怖気が止まらない。
この本のメインテーマである「脱出」は、まだ始まってもいない。実際に脱出するまでにはさらに80ページ以上の積み重ねがあり、余談のない準備があり、周到な計画がある。収容所のソ連人も一様ではなく、ごく一部ながら著者に味方してくれる人もいて、地獄に仏とはまさにこのこと、と読みながら感動させられる。
そしていよいよ脱出。著者は収容所内で綿密に計画を立てて準備を進め、同志を募って脱出する。ここからがこの本の真骨頂。サブタイトル通り、著者と仲間たちは「シベリアからインドまで」、文字通りに歩いて逃げ続けるのである。冬のシベリアの過酷さは言わずもがな、食事や水にも常に事欠き、衣類や靴も自作しながら進み続け、極めつけはゴビ砂漠の縦断である。
北欧や東欧の出身の著者と同志たちにとって、ただでさえ砂漠の暑さは体験したことのない地獄。しかも、著者たちは水もほとんど携行せず、砂漠用の装備や衣類もないままで突入するのである。著者も書いていた気がするが、「砂漠のことを知っていたら絶対にやらない」ようなことを敢行しており、生還できたからこそ良かったものの、一歩間違えれば即全滅という、まさに間一髪のところでたまたま、命を拾うことができたというだけなのだ、ということが分かる。
著者と同志たちには、途中で同じようにソ連から逃げてきたある人物が加わる。その人物を含めて一行は7人になるのだが、その全員が無事にインドまで辿り着けたわけではない。また、インドまで逃げることができたメンバーがその後、数十年にわたって友情を育み続けた、というわけでもない。
このあたりがまさに「現実世界ならでは」であり、作り話ではない真実なのだな、というリアリティを実感させられる。
冒頭に書いた通り、「面白い」という表現は適切ではないかもしれないが、読んでよかったと思える本のうちの一冊。そして、ロシア(ソビエト)のやっていることは第二次世界大戦のころから2023年の今に至るまで、本質的にはほぼ変わっていないんだな、ということも分かり、こういう性質の国がキャスティングボードの一角を担っている以上、国連が機能不全になるのも不思議ではない、と暗澹たる気持ちにもさせられる。
- 感想投稿日 : 2023年12月24日
- 読了日 : 2023年7月1日
- 本棚登録日 : 2023年12月24日
みんなの感想をみる