檸檬 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.60
  • (463)
  • (510)
  • (940)
  • (128)
  • (36)
本棚登録 : 7619
感想 : 606
5

皮相の静謐の中に混在する内奥の激しさや退廃。この一見相反するものが一つになり、筆者の艶麗な文体によって解き放たれたとき、これほどまでに美しい反応が起こるのかと驚嘆した。筆者の言いたいことはどの短編を読んでも一貫していることが分かってくる。青春の中の多感さと病による暗鬱さがあいまって目に写る全てのものに悲哀が伴ってしまう。それは死に対する曖昧な恐怖と共に生きた筆者だからであり、そんな筆者の青春を綴った作品はどれも重々しく短編といえど気が滅入り読了後には疲労感が残る。しかし字を追っていくとその風景描写というのは誰もが美しいと口にはせずとも感じたことがあるようなものが多い。それは若者にありがちな退屈さや過剰な妄想や逃走欲故にしか拝むことのできないものである。普通に生きている我々一般人はこのようなものを言語化したことなどないし、ましてやあまりにも曖昧な故にできる気がしない。しかし作者の達観することにたけた才能はそれを巧みにやり遂げている。筆者はこのような若者の鬱憤を筆を握ることで静かに晴らしているようで、これが私にはとても美しく感じた。私自身、若者といわれる年齢であるが、この時に読めて良かった一冊だと心から感じた。また、筆者の病故の死と隣り合わせの非愛は度々出てくるが、時々「生」をテーマとした、生きることへの恍惚を描くようなものもあり、その漂う悲壮感から、筆者は苦しみながらも絶望してはいなかったのかもしれないとも感じた。「静かに力強い」、そんな一冊であると言える。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年1月17日
読了日 : 2021年1月17日
本棚登録日 : 2021年1月17日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする