ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

著者 :
  • 早川書房 (1986年7月1日発売)
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感想 : 318
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『ニューロマンサー』を読んでいると言ったら、「あの表紙のかっこいいやつね」と言われました。現在のハヤカワ文庫版の表紙は木山健司によるもの。
ちなみに2016年に発売されたイギリスの出版社ゴランツ版のカバー・デザインもめっちゃかっこいいです。
どちらもデジタルなパッチワークみたいで、ひと目見ただけでは何を表現しているのかわからない。それはそのままこの作品世界のようです。

「サイバーパンクの代名詞的作品」と言われるように、『ブレイドランナー』的な暗い空に覆われた千葉シティから始まり、体にぴったりと沿う黒い衣装に身を包んだ草薙素子のようなヒロイン、電脳世界に没入(ジャックイン)する主人公、光を帯びた恒温ファームのベッドなどなど、サイバーワールドな世界観にしびれます。
といってもそれは『攻殻機動隊』とか『マトリックス』とか、『ニューロマンサー』に影響を受けた映像作品を見ているからある程度頭の中で映像化できるのであって、インターネットでさえまだ概念のみだった1984年にこの作品が書かれていることに驚きます。
(ギブスンが未来を予言したというより、現実がSFの世界観を模倣したようなところもありますね。)

500ページという長編なのに加えて、この世界観を咀嚼していくのがなかなか難しく読むのに苦労しました。
たとえば「〝フラットライン〟は、アーミテジがこっちのホサカを消したと言っていた」というセリフ。
フラットラインは伝説的ハッカーの呼び名であり、故人であるが彼の思考は「構造物」としてデータ化されており、主人公とともにハッキングを行なう。
アーミテジは主人公の雇主であるがその正体は元軍人コートで、冬寂(ウィンターミュート)というAIに操られている。
ホサカはメーカー名でホサカ製コンピューターのこと。
というのを理解してないと何言ってるのかわかんないんですが、こんな感じで固有名詞がバンバン出てきます。

後半では、主人公ケイスとフラットラインの会話、モリイの視覚映像、冬寂(ウィンターミュート)が送り込んでくる映像、ケイスの実体が存在するコンピューターの前と目まぐるしく場面が転換(フリップ)するので、今読んでいるのがいったい誰の映像なのか混乱してきます。

抽象的で哲学的なところもあり、結局何がどうなったのかよくわからないままに読み終わったのですが、流れるようなサイバーワールドのイメージは圧巻でした。

故人の思考がデータ化されているといってもまだインターネットのない時代なので、「構造物」はおそらくHDD的なものに収納されていて、1980年代だからそうとう重いはずのそれをハッキングする場所まで抱えて移動していたり、ソニーのモニターとか、サンヨーとか富士通などの名称がでてきたり、日本人の忍者が目をやられても「禅で」弓を射ることができたり、いろいろ笑える日本観があったりもします。

『マトリックス』は直接『ニューロマンサー』の影響を受けているので(もともとは『ニューロマンサー』の映画化企画だったとか)、アーミテジはローレンス・フィッシュバーンのイメージで読みました。


以下、引用。

「恐怖に耳を傾けな。それこそお友だちかもしれない」

「冬寂(ウィンターミュート)は、AIの認識記号なんだ。ここにチューリング登録番号も持っている。人工知能(AI)なんだよ」

小柄な男。日本人で、とんでもなく礼儀正しく、明らかに槽(ヴァット)培養の忍者暗殺者(ニンジャ・アサシン)の特徴を帯びている。

代書屋がニ、三人、戸口で雨やどりしていて、古い音声プリンタを透明プラスティックにくるんでいる。ここではまだ書き文字に権威があると見える。停滞した国なのだ。

「自由世界(フリーサイド)まで、どのくらいかかるのさ……」
「長くないがや、ほんと」
「あんたたち、何時間、とは考えないの……」
「姉さん(シスター)、時間つうんは時間、わかんねえかな。ドレッドがよーー」
と髪の房(ドレッドロック)を振って見せ、
「ーー操縦してんだが。わしぃら、自由世界(フリーサイド)に着くときには着くてばーー」

別のテーブルでは、広島木綿に身を包んだ日本人妻三人が、〝さらりまん〟の夫たちを待っている。

「あんた、自分自身を憎んでるのかもよ、ケイス」

「例の木の話と同じさ。森の中で倒れても、それを聞きつける人間がいない」

「心は〝読む〟もんじゃない。いいか、あんたですら活字のパラダイムに毒されてる。読むのがやっとのあんたですら、な。おれは記憶に〝出入り(アクセス)〟することはできるけど、記憶は心と同じじゃない」

《ハニワ》はドルニエ富士通造船所の産物であり、内装に垣間見えるデザイン哲学には、イスタンブールを連れ回してくれたメルセデスと一脈通じるところがある。

一世一代の名演。格闘技テープーーそれもケイスが観てきたのと同じ、安いやつーーを生涯、観察してきたことの結晶だ。しばらくの間、モリイは、あらゆる汚れたヒーローーー昔のショウ・ヴィデオのソニー・マオ、ミッキー・チバ、遡ればリーやイーストウッドにつらなっていく。

スクリーンの下にはソケットが四ヵ所あったが、日立の調整(アダプタ)プラグに合うのは、ひとつきり。

「ヒデオは真暗闇でも射るのよ。禅ね。そうやって練習しているんだもの」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年6月21日
読了日 : 2021年6月21日
本棚登録日 : 2021年6月21日

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