きつねの窓 (ポプラポケット文庫 51-1)

著者 :
  • ポプラ社 (2015年1月2日発売)
4.31
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本棚登録 : 123
感想 : 19

きつねさんが登場する絵本を探すシリーズですが、今回はいわゆるジュニア小説の文庫レーベルの作品を選んでみました
ちょうど絵本一冊分ほどのボリュームの作品が10編収録された短編集なのですが、表題作のきつねさん作品にとどまらず、いずれもとても面白く、しかしちょっと怖くて、悲しくて、でもとびきり美しい話が取り揃っていて、すごくうれしくなりました
10編どれもが、独立した絵本の形でも読んでみたい作品ばかりです
ちょっと込み入りますが、各話感想を書いてみます

『きつねの窓』
孤独な猟師の青年が、森の中の不思議な力を持つ染め物屋さんに迷いこむ話
そのお店は青年と同じく、天涯孤独の身の上のきつねの少年が人間に化けて営んでおり、桔梗の色の藍紫に染めた指には、失った大切な存在を見ることのできる力が宿る…という作品です
指を染めた代価に、きつねの小さな店主が求めた品物も、その染まった指の結末も、不吉さと儚さに満ちていて、余韻の寂しすぎるお話でした

『さんしょっ子』
山椒の木の妖精の“さんしょっ子”が幼馴染みの人間の子どもたちを思い慕うのですが、子どもたちはどんどん大人になり、友達だったさんしょっ子のことなどすっかり忘れてしまうのです
さんしょっ子は寂しい気持ちをこらえ、幼馴染みにしてあげられることはないかと懸命になります
それがすごく痛々しくて辛い、さんしょっ子の真心が伝わらない、でも大人になった人間はそういうものなんだよな…と、大人である自分は思うのです
きっと自分にも、さんしょっ子の声は聞こえないのだろうとも、分かります

『夢の果て』
伊藤潤二さんにコミカライズしてほしいような、美しい少女が怪異に誘われるホラー寄りの作品です
そして作中における色彩の使い方の美しさが、より恐怖を煽ります
ここまでの3作とも、色彩の描写に情熱を感じるなとも思えて、そこに作家さんの個性を感じました

『誰も知らない時間』
この話集における最推しの作品
あまりにも長く生き過ぎて、しかしまだまだ余命の長い亀が、人間の青年に自分の時間を毎晩少しだけ分けてやる契約を交わす話
その契約の内容や禁忌事項に、亀自身が実は恐ろしい存在なのではないか、という危惧を抱きますが、そこから二転三転する物語の展開と亀への印象の変化が実に面白く、切なく、しかし生命力に溢れた清々しい物語です
亀は契約者である彼の真心が本当に嬉しかったんだな、幸せだったんだなと納得がいく結末でした

『緑のスキップ』
森の奥の桜林の番人のミミズクが、桜の花の精を偏愛して、決して花を散らすまいと懸命に番をする話
森の中で偏屈に、己が愛する存在を盲目的に守ろうとするミミズクですが、季節の移ろいを押し留める事が出来るはずもなく、ある日ついに桜は…というやるせない話なのですが
途中で“きつねの奥さんに淹れてもらった濃いコーヒー”を飲んで桜の番をしてるシーンが出てきて、お前仲良くしてる動物おったんかい! という驚きと、そのコーヒー美味しそうだなあというよだれが一緒にわいてくる独特な味わいのお話でした
めっちゃ排他的思想の攻撃的なミミズクが、きつねの奥さんとだけは仲良くしてて、奥さんもコーヒーを差し入れてあげるのって、どういう経緯でそんな関係になったのか気になってたまりません
ミミズクときつねの奥さんの番外編ストーリーがあればいいのに

『夕日の国』
なわとびをつづけて100回飛ぶと、夕日の国に行ける…
不思議な女の子となわとびで遊んで、夕日の国という異世界の内緒話を教えてもらえる男の子の話です
その不思議な女の子の素性は解釈が分かれそうですが、男の子の感じた解答が真実であって欲しいと願いたい作品です
現実的な解釈をすると、かなりしんどめの作品です
しかし、女の子の語る夕日の国の情景が何とも叙情的で美しいのです

『海の雪』
幼い頃に別れたきりの母親に会いに、雪の降り積もる海辺の町にやってきた少年が、不思議な少女に出合う話
その少女がひょっとしたら妹かも知れないと少年は疑うのですが、その正体は意外なものだったのです
話の芯の方向こそ違いますが、これはひょっとしたら『雪女』の後日談の話かも知れません
雪女が人として暮らしていた頃に生まれて居なくなった母を求める息子、のような存在がこの少年だったのかも

『もぐらの掘った深い井戸』
とても賢いモグラの子供のモグ吉が、畑で拾ったお金を元に、庄屋さんから土地を買い、井戸を掘り、とても美味しい水を汲み上げる事に成功し、それを元に商売を始め、多額の蓄財を行うようになる話
賢い子どもだったモグ吉がわりとえげつない守銭奴になるのが切ないけど、でもこれは人間であれば真っ当な立身出世ものだと感じました
お金だけが大事ではないけど、お金を稼ぐ力を極めるモグ吉が見てみたかったように思う

『サリーさんの手』
大量生産のお人形の工場で働くまだ若い女性が、仕事の辛さや鬱屈した思いに、眠れぬ夜を過ごしていた時に見た、不思議な電車のお話
働き者で努力を惜しまない、健気なひとの話は実に泣けてきますし、そんな人だからこそ出会えた奇跡の電車だったのだろう
彼女たちが手を振ってくれていたのは、他ならぬ、あなただったからなんだよね…って涙腺にきます

『鳥』
腕のいい耳のお医者さんのところへ急患でやってきた女の子は、私の耳の中には“秘密”が入ってしまった、急いで取り出してもらわないと大変な事になる…と訴え、耳を診察してみるとそこには……という導入の、不気味さと情景の美しさのコントラストがたまらない作品です
『海の雪』とのリンクが感じられつつ、こちらは生々しい怪奇譚の風味もあり、どこか諸星大二郎さんの漫画のような印象も受けました

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年3月14日
読了日 : 2024年3月14日
本棚登録日 : 2024年3月14日

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