兄弟 (文春文庫 な 25-2)

著者 :
  • 文藝春秋 (2001年3月9日発売)
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感想 : 15
5

 このような古く珍しい本を手に取る機会に恵まれたことを、改めて幸運に思う。
 稀代の作曲家なかにし礼が小説なんか書いて、豊川悦司とビートたけしの主演でドラマ化されていたことも知らなかった。
 満州生まれの弟であるなかにし礼その人の、特攻隊の生き残りと自称し虚無的で刹那的な生き方をする兄との葛藤をほぼ自伝として描いているのはともかく、この一冊の本の持つ素晴らしい文学性には驚愕させられた。
 「兄さん、死んでくれて有難う」と兄の死によって始まる回想、そしてラストに衝撃の終章が待つ。
 敗戦で満州から小樽に引き揚げてきた一家の元に兄が復員した時点から一家の運命の歴史が始まる。
 鰊漁に投資し増毛の海で群来を待つ荒々しいシーンに始まり、なかにし礼の作曲家としての栄華、兄の借金による一家の衰退。究極から究極へ移り変わる運命の渦に揉まれる兄弟、親子、夫婦の描写が素晴らしく、一気に読まされた。
 小樽の旧青山亭入口に建つ、なかにし礼の『石狩挽歌』の歌碑の前にぼくは何度も立ったことがあるが、この歌碑が実はこの物語の重要なエピローグを象ることになろうとは流石に読み切れなかった。
 この歌碑は、作詞家であり作家でもあるなかにし礼という自己確立にも重く関わったものだったのである。
 各地流転の人生の海の上を風とゴメたちが今日も飛び続けている。そんな風景が忘れ難い一冊である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 自伝
感想投稿日 : 2019年1月19日
読了日 : 2019年1月19日
本棚登録日 : 2019年1月19日

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